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面白さは記憶違い [道すがら]

少し前の話題です。

青春時代に過ごした街並みに行ってみたことがあります。
あまり感心が無いというか、印象的な出来事もない街でした。
すでに遠くへ出掛ける足を手に入れて、住んで働くだけの街でした。
記憶にあるのは、遠出した記憶と、苦心惨憺した仕事だけです。

だから、記憶に残っている懐かしい空気や雰囲気も無い。
それに自分探しする人を軽蔑している自分がいました。
前に進むことが、重要だと考えていたからです。
若い青年とはそんなものです。
毎日、新しい課題に取り組む新社会人です。
過去を振り返って浸るより、未来に気持ちが行く習慣が、自然と身に付くものですから。


青春時代の街並みを訪ねてみようと思ったのは、文学や演劇に馴染んで、生き方が変わったからです。
仕事と趣味以外の記憶以外、抜け落ちた自分の人生。
このままじゃ、作品作りに支障がある。
今を書くなら、観察して調べればいい。
しかし数十年前だと、記録記事以外に資料が無いのです。
時代の雰囲気や空気感、何気ない日常。
貴重なのはありふれた、庶民の視線なのです。

物書きは、やたらと上から目線で高圧的な思考で分析して、書き表してしまいます。
そんな役人や学者目線なぞ、凡人な自分には無用な技術と思考です。
自分の強みにさえならない。
立派な経歴を持つ書き手は、掃いて捨てるくらい居ます。
また地下世界の住人でもありません。
奇妙奇天烈な世界の住人でもないのです。
強みはそこに無いのです。


ならば、自分史から発掘するしかありません。
その一つが、忘れていた青春時代の街です。


訪ねてみて驚きました。
全く違う駅前の風景。
そして歴史博物館かと思う、変わらない街並みが同居していたのです。
一足歩くたびに、蘇る記憶。
間違って置き換えられた道筋、商店街や公園に河川。
一人で笑ったり驚いたりしていたのです。
明らかに不審人物です。

ところが裏道に人影が無い。
まるで映画のような、主人公だけの世界。
訝しがる人など皆無でした。


行って探索して理解したのは、思い出し切れない膨大な記憶。
忘れていた時代は、膨大な世界を有していたのです。
数時間歩いて目眩がして来ました。
何度か訪ねて思い出しし直しますしかない結論です。
やがて古い街並みは、新しくなるでしょう。
その前に記録して置かなくちゃならない。
少しだけ使命感に駆られました。


自分史への冒険は、始まったばかりです。


 
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