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庶民感覚 [驚いた事など]

専門家になろうと勉強すると、見方が変わるのです。
専門家としての目線が養われます。
良い悪いの判断が通の目になる。

目、目と書きましたが、思考能力のことですね。
視力自体は勉強すると悪くなるものです。


この一年で小説、脚本の本格的な勉強をした。
結構、自力とか判断力の指向が付いて来た。
自信に思っていいと、誇らしい気分でした。


ところが、それが落とし穴でしたね。
庶民の感覚が失われて行っていたのです。
それが今日理解できた。
恐怖ですね。


今までの努力を根底から覆させるようなものです。
今の自分を否定すると言ってもいい。
このまま進んだら危機感が強く募りそうです。



習作映画を何本も見て感じたのが、客席の反応と自分の落差。
反応で出る声と、表情に違和感を感じたのです。
客が楽しんでいる部分を、マズイだろその作り方。
笑っているところを、狙い過ぎ、遣り過ぎだと感じた。

客席がウケていたのに、自分は引いていた。
後に関連がわかるのですが、映像関係者は苦い顔していた。
作品を気にしながら、客席の反応を分析するようになった。
ミスマッチに背筋が冷たく感じる程でした。


受け点とか沸点の違いくらいなら是正できます。
関係者に白い目で見られても、客のウケを狙いに行ける。
ところが引いてしまう処に、予想外反応されたら困るのです。
標的やミスの判断基準が壊れてしまうからです。
そもそも物差しが違っているのです。



折角勉強して、基準尺を手に入れたのに、別の尺も用意しないといけない。
惨めとか辛酸の結果ですからね。
プロになるなら、修正したり、違う手段も必要です。
手立ては多く持ち合わせたいのです。

高みに昇り偉そうにしていると、結果的に阻害される。
創作品を作るのはプロでも、見るのは素人です。
名声よりは、好成績が望ましい。
生き残る手段でしょうしね。
専門家に褒めてもらうのも、業界人としては大切です。
でもヒヨルことも厭わないとイケナイ。
ジレンマの中で生きるべきです。



民主主義も商業作品も、愚衆主義が基本ベース。
現代は大衆の時代。
高尚なものは求められません。
欲しい人に供給できる技能は必要ですけれどね。
両刀使いが望ましい。
沢山の手を持つことを目標にするのも大切。

専門性を高めつつ、迎合できる気概と技能。
現代の創作活動はムズカシイ時代なのです。




 

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