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腐って臭って [コラム・ぼやき]



奇妙奇天烈な天気が続く八月です。
今日までに晴れた日が二日しかありません。
気象庁の天気と、自分の記録日記に差があります。
主観記録として正しいと考えて書き残しています。
 
それなりに気温だけは高いので、腐乱が進みます。
刈取った雑草も庭木の隅で腐って堆肥になろうとしていました。
買い置きのキャベツやジャガイモ、ニンジン等も腐っています。
人知れず、密かに腐るのが今年の特徴のようです。
 
例年だと腐った品が自己主張します。
腐敗臭を撒き散らして、危険な菌を飛散させるのです。
ですが今年はコソコソ腐るので、寄らないとワカラナイです。

豪快に体液を滴らせて、腐敗を隠しております。
早期に探し出し撃退しないと、被害甚大なのです。

腐った食料を見ながら、後悔の歌が脳内に響きます。
昔はやった流行歌の替え歌です。
書き示すと問題が出る世の中です。
心の中で腐り歌を独り唱えて、著作権法に自己対処します。
面倒な世の中だなと思う毎日です。

腐った食材を見て、動揺に困った夏だと落胆するのです。
 
これまでも、これからも、歌を歌って後悔することにします。
腐敗の季節は後二ヵ月くらいでしょうか?
 
食中毒に注意です。
死んでしまっては元も子もありませんから。
サルモネラ菌に大腸菌、ノロウィルスとコレラにペスト。
ホント恐いですからね。
 




 

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信じる力の先には? [TV番組・映画]



休暇が長いと身辺整理の時期だと感じるモノです。

そこで片付けなんぞすれば、綺麗になるのです。
ですが別の整理が始まります。
それが自分流です。

ブログで毎回のように創作活動について述べております。
だから一気に脚本書いたり小説を書き上げたりすればよいのです。
継続こそが上達への道筋です。

そう思っても、楽な方向に進んでしまいがち。
今日はビデオ鑑賞の続編日となりました。
本日のお題は佐藤琢磨選手。
日本人初のインディー500優勝者ですね。
NHKドキュメントを録画していたので、見たのです。
通常版と保存版があったのですが、長い方の保存版です。

このブログを更新したら、ル・マン24時間の特集も確認します。
なので海外自動車レース特集ですね。
自分の昔の趣味は、モータースポーツですから。
昔の名残が、気持ちを刺激するのです。

世界三大レースで優勝するなんて、物凄いことです。
ゴルフならマスターズか全英でしょう。
テニスならグランドスラムに相当します。
世界王者に相当すると思います。

インタビューの中で夢を叶えるためには、挑戦しないとチャンスは来ないと言ってます。
毎回の特集で必ず佐藤選手が言う人生訓らしいです。
そのためにレース選手たちの中には、クレイジーと呼ぶ人が多いです。
昔に片山右京選手はカミカゼと呼ばれていました。
佐藤選手はそれ以上なようです。
単発でなくて絶えず挑戦を止めない姿勢。
いつでも崖っぷち人生なようです。
そして努力と工夫を決して怠らない。

自己啓発の本とか読むと必ず書いてありますネ。
成功者は必ず行動してみる人間だと。
夢を信じて疑わない人だと。
駄目なら即止めて、次の手を考える人間だと。

失敗を恐れずに成功を信じて、正しい道筋を一直線に進む。
反省はしても後悔はしない。
そして努力を努力と思わないのでしょう。
苦労は大事な投資だと考えているのでしょう。

自分はどうしても努力のための努力に成りがちです。
諦めるのは遅いし、工夫も足りません。
考えの転換も後に成りがちで、後ろ髪引かれたまま決心が緩め。
これでは成功者になれません。
成功できると信じて疑わない事に集中できていません。
心の隅や奥底で自分を卑下している心を払拭できていません。

これでは「信じる物は救われる」作用が働かないです。
「神は己を助ける者を助けて下さる」効果が発揮されません。
マイナス思考で、成功者の未来を疑っているのです。
 
ビデオを見ながら反省したものです。
信じる自分を信じる。
心の考え方の大転換しなくては!
 
 




 


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予想外を狙い [本・執筆]



今日も撮り貯めた番組をビデオ鑑賞です。
先週末に録画した、ホラーと関連番組の特集です。
 
このところホラーやオカルトに興味を増しています。
やはり根源的な人間の恐怖は、興味尽きない対象です。
 
人は判断不能になると笑うそうです。
だから判断力が少なく、経験不足の子供お笑い番組が大好き。
判断の遅くなる女性も、お笑いが大好きです。
 
微妙に違うのが恐怖ですね。
理解不能に一番の恐怖を感じるのだとか。
そして身動き不能に至ります。
動物は思考よりも行動優先なので、理解と判断の区別なし。
逃げることに一直線になります。
 
恐怖は判断を鈍らせて逃げ遅れる元です。
危険回避不能に至るのは知的生物だけだとか。
逃げ間違いが少なくても、逃げ遅れが多くなるのですね。

野生動物に襲われても、食われるのは一人で間に合うのですね。
それが野生のルールです。
虫や爬虫類に襲われた場合は当てはまらない例ですけれど。
だから逃げ間違いを減らす方が、子供の生き残り確率が増えます。
高等動物は出産回転率が遅く、出産個体も少ないからですね。

そんな本能や社会性だからこそ、未知に慄くのでしょう。
そして想定外に出会うとパニックで固まり、無思考になってしまう。
それが恐怖の本質らしいです。
ですからホラーやオカルトが怖くなるみたいです。
けれど理由や原因が知りたくて見てしまう。
大脳皮質の興味本位機能が知的好奇心を刺激するのですね。
 
未知であるほど興味が尽きません。
そこに点け込んで予想外を演出するのです。
書いていて楽しいのです。
やり過ぎると想定内に収まってしまいます。
刺激が多過ぎると、慣れてしまいます。
周期が早過ぎても遅過ぎてもダレてしまうのです。

間接的や想像する表現は良いとされます。
直接的で客観的な表現は良くないとされます。
文字の情報は敢えて対象を曖昧に出来ます。
映像や絵にはできない芸当です。

逆に映像や絵は、闇に紛れたり、音だけで表現可能です。
文字では闇に紛れ込ませる表現はできません。
小説と脚本・原作の違いはそこにあります。
注意が必要ですね。
 
撮り貯めた作品はあるから、明日もジックリ見て確認したいです。
大事な先人の知恵を堪能して吸収したいと考えます。
自分の技に仕立て、表現力を上げたいですね。
 



 

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大魔神が登場して想う [TV番組・映画]



自分が幼い頃に見て、強烈に記憶されている作品です。
それが「大魔神」という映画です。
日本の映画作品がカラーになって、しばらくしての品ですね。
映画界の隆盛に関して興味がある人は、調べてみると面白いかも?
時代がちょうど、NHK朝ドラ「ひよっこ」の頃に相当します。
 
特撮と合成で巨大な大魔神を演出しています。
人力と知恵で構成された画面です。
日本映画が力のある時代だから出来たと思えます。
同時期のゴジラやガメラよりも、経費を掛けているのが見て取れるのです。
人気が出たのはゴジラですし、継続性があるのはガメラです。
費用の割に、人気が出ない作品だったのでしょう。
 
ですが自分には一番印象の残る作品です。
それは時代劇で戦国絵巻に准えているからですね。
特撮忍者活劇の正反対の作品です。
物語も大魔神もユックリと動く必然性が見えています。

大きくて重いのですからユックリ動く。
けれど大きいから移動距離は見た目の数倍早い。
重いから木製の日本建築は粉々に砕かれるのです。

子供の頃に見て、動きが散漫だと落胆したものです。
ですが物凄く印象に残るのは、大魔神が魔人で神様だからです。
荒ぶる神は人知を超えた破壊力ですが、人を確実に見ています。
ゴジラやガメラは獣で、足元なんて気にしていないのです。

そして特撮もとことんリアルに拘っています。
屋敷のセットもハリボテではありません。
とても高価な材料と、匠の技で作られています。
砦は間違いなく再現された土塁と家屋だと、今になって理解できます。
そうした細部が最新式のデジタル放送で再認識できました。
録画して今日見て、驚いたのです。

それに脚本構成もエンタメとして素晴らしい構成です。
当時の日本剣劇よりも、ハリウッド形式を大いに取り込んでます。
起承転結でなくて3幕構成に近いです。
じゃっかん主人公が曖昧なのが、子供や大人にウケなかったところでしょう。
迷いがあったのだと思います。

もしかすると黒沢映画の「7人の侍」を意識して群像劇にしたかった?
そんな気がしています。
ちなみに自分は黒沢映画が好きではありません。
好き嫌いの感情で判断しています。

昭和40年前後の日本映画を見直して見るべきだ。
そう思いました。
当時の展開は15分で大転換していますね。
時計を見て確認した流れです。
現代だと10分で大転換して流れて行きます。
その辺りは、時代性を感じます。

一作品が80分なのも素晴らしいですね。
一気に駆け抜けて行くので、怠い場面を作らなくて良いのです。
でも民放で再放映すると尺が足りません。
90分が理想的です。
先日に見直した映画「リング」は90分でしたからね。
 
ヒット作品を見直して、勉強の材料にしたいものです。
自作に展開を取り入れて、栄養にしたい。
きっと自力が付いて、良作を書けるかも?
 



 
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腹に据えかねる [コラム・ぼやき]



タイトルの文言に人手間加えてみるとします。
「かねる」の文字に変換を加えると意味が変わります。
兼ねる、金る、鉦る。
漢字遊びで造語したり、意訳的なフリガナを付けてみる。
漫画やライトノベルやライト文芸でお馴染みの手法です。
日本語の面白さでもあります。

でも国語の先生や、文学専門家に謗られるでしょう。

でも日常会話の中では、単語の意味が展開します。
親しき仲に、造語や意訳、反転、転換が起きます。
女子中高生の常用後も時代に流行が起きます。
短縮文字や略語ですね。
近年は携帯電話からスマートホンの影響もあります。
言葉より顔文字やスタンプ文字、アニメ文字で意志疎通するわけです。
もう言葉は音声でなくて、テキストやドローイングの世界に埋没して行きます。


自分の利用しているブログも道具として形骸化しました。
ソーシャル=不特定大衆から、特定の誰かへのつながりで、来訪者が激減しています。
仕組みとしてソーシャルでも、草だらけの公園や廃屋社務所と同じです。
あるだけで、誰も使わない公共施設です。

人と人が近しい場所で、新型の村社会化しています。
東北の大震災から急激に密集個別化が進行しています。
価値観が狭くなるばかりで、心が小人になるばかり。
特に世代間交流の場所で感じてしまうのです。
捨てられた子猫の段ボール箱のようですから。

その反動なのか、社会人になると意味不明な団体活動を始めます。
急に社会のためにとか言い出したりします。
最初にするべきは、頭の蠅を追い払うことでしょう。
そう思っても口にできないのです。
言えば傷ついて引きこもるだけです。

海外ボランティアしたいとか言い出す人がいます。
自分の視野と、自分の認識限界が一致していません。
見えていると理解可能だと勘違いしています。
無駄にソーシャル機能が発達しているだけに、勘違いの幅が地球規模です。

日本だけでなく、世界中で同時多発的に勘違いする。
特に親の収入が多い子息子女に勘違いが強いです。
変な刷り込みや、リベラルな親の毒を吸ってオカシくなっています。
諭すとグレるから、見て見ぬフリをすることに決めました。
痛い目見た方が勉強になります。
命を落としたりしても、他人様と思えば心は痛みません。
そうした断捨離理念、仏教的な思想を学んで身に付けました。
キリスト教的な考え方は、自分を他人の苦しみに巻き込んで、余計な苦しみに落とし込むだけです。

地獄に仏の考え方は、自己研鑽に良い効果があります。
その仏は他人にお任せして置けば良いのです。
西洋的な何時でも何処でも現れるヒーロー、ヒロインは無用の長物なのです。
そんな御都合主義は、エンタメ作品で使うだけです。
現実の世界に期待してはイケマセン。

仏様は道の端で、苦しみを抱えた人が来るまで黙って佇んでいる。
それが地蔵菩薩や道祖神ですからね。
思想信条は限定的でも、大いなる慈悲は地球規模で覆われています。
あとは当人が気が付くのを待つだけ。

あとで気が向いたら、悪事と善意を人知れず行うのが良いでしょう。
「情けは人のため成らず」です。
この成るを為すにすると意味合いが変化します。
タイトル後の書き出しと一緒です。
耳で聞き取るのと、目で読みとる違いに、意味の違い。
行動が大変な遠回りをするのですからね。

聞いても読んでも勘違い。
いちいち腹を立てたり、怒ったり、悔やんだりしても仕方ない。
過去は過ぎてしまい、未来はやってきません。
現在が命のある限り連続するだけです。
間違いは間違いでそのまま放置です。
 




 


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