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雨の一日です [道すがら]



これだけシッカリと雨が降った日は久しぶりです。
大抵が、これだけしか降らないの? と天に聞いたモノです。
失望の雨量だったからですね。

昨晩から降り始めた雨は夜半に本降り。
朝まで本降りでした。
屋根を打つ雨音が聞こえたのです。

午前午後と安定的に降り続きました。
雨樋から漏れた雨の音が途切れることなくありました。
窓を開けて雨粒が確認できるのです。

今年に入って初めてかもしれません。
12時間以上降る雨です。
沖縄奄美が梅雨入りらしいとニュースで聞きました。
そうだろうと納得するような降り方でしたからね。

雑草が大きくなるような雨量が幾度もありました。
その度に草刈りした春です。
今回も元気に育つことでしょう。
これなら雑草よりも野菜に期待できます。
しっかりと育てる雨の恵みだと感じたのです。

ですが少ない外出予定日に雨です。
少しだけガッカリ感があります。
巡り合わせの妙ですから仕方ないところ。

カラカラに乾いた大地を潤す恵の雨です。
 





 

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足音が聞こえるでしょ? [道すがら]



戦の足音が聞こえるようになりました。
昨年書いたホラー作品は戦の後を使って書きました。
怨念や無常の念を描かないと日本式のホラー成り立ちにくいです。
個人的な情念だとホラーと言うより悲哀物になってしまいます。

世の中が平和だと悲哀物で幽霊話が成り立ちます。
政情不安が世に蔓延しているときは古戦場物が良い訳です。
ここに悪鬼羅刹や魑魅魍魎が現れて話がはじまります。

もしくは疫病などの見えない自然災害でも可能です。
近年は疫病や集団疾病の類が人為的な作品が人気ですね。
宗教観を排すると非難の元になり難いからです。
原因の根幹に人を配置する訳です。

それに世の中が不安で溢れるとホラーの人気が低迷します。
世の主流になりません。
恐がっても面白がれません。
世の中に不満や未見の不安があると心を病んでしまうからです。
心が病む兆候が世に充満しているからです。

特に戦争が世界を覆い始めたらホラーは成立しません。
シャレにならないからです。
そこで反戦をテーマに忍ばせて成功したのが昭和のホラー。
SFも同じですね。

ところが科学技術が発達し過ぎるとシャレになりません。
もう空想に技術が追い付いてしまう。
科学が進歩し過ぎるとホラーがファンタジーに取り込まれてしまいます。
だからモンスターや化け物が、ゆるキャラになってしまうのです。
人間の通常考える空想が精神世界を許容できないからです。

もう小説などの文学では死者は蘇って来るファンタジーです。
恨みよりも失望欠乏を埋める蘇りの手段です。
盆暮れ正月の一因に終始します。

ホラーが書きにくいし受け入れて貰えない。
唯一漫画ゲームの世界だけでホラーとSFが成立します。
あとはライトノベルですが怖すぎると敬遠されます。
青少年や大きなお友達には荷が重いようです。
もう昭和のホラーは断絶してしまいました。


世の中の事はこうした作品の人気でわかります。
無自覚に人が選択する事象で世情が読めます。
読めないと思い込んでいるのが役人政治家経営者です。
真理は道に落ちているのです。

会議室でもICTでもビッグデータにも書いていません。
 




 

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風に舞う花びら [道すがら]



そよそよと風が吹くのなら風情があるのです。
10mくらいの風速があると風情はありません。
問答無用で引き千切られる花びらです。
物の哀れを誘う様な光景ですね。

春なら物憂げな雰囲気も合うものです。
ですが真夏日近くなれば自然災害の雰囲気があります。
今年の台風を予見するような光景かと思うのです。

各地で山火事が起きるほど乾燥して暑いのですね。
若葉の季節に雨が降らないから水が無いのでしょう。
呑気に山でレジャーすると人災の元になりかねません。

火気厳禁をお願いしたいところです。
 




 

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暇人の群れ [道すがら]



連休もいつも通りと心掛けていたのです。
それで今日も帰り道でスーパーに立ち寄りました。
何時もながらに混雑していました。

やはり子供の日は子連れが多いのです。
何か褒美を貰えるからと小さい子が爺婆と一緒に来店です。
店内の各所で泣き叫ぶ声や叱咤される言葉を聞くのです。

昨日は暇そうな店内が一変していました。
レジとか大混雑です。
駐車場の雰囲気は何時も通りなんですけれどね~。
買い込む量が違うと思えました。
惣菜の品々も蛋白質系が多く子供好みです。

田舎の田舎スーパーは妙に野菜系の惣菜で個食分量です。
街場や新興住宅街の近い店は油脂系で量も多目のパックです。
地域格差でもありませんが客層を捉えた商品体系です。
その野菜系惣菜の山が肉ばかり。
もしくは握り寿司が多めに作られています。
クリスマス程ではありませんが似た傾向なのです。

それと特徴的なのが中年パパの多いことです。
子供が小さい割に両親が老けています。
晩婚少子化が良く判ります。

両親が若い場合はヤンキー親子で口喧嘩が絶えないです。
ママは工藤静か浜崎あゆみ風でパッキンキンのロンゲ。
平成一桁の景色が今も広がっていますね。

こうした田舎の家族構成を見ながら執筆する私です。
投函した作品と入選作の風景や人柄に違いが出ます。
都会暮しと田舎ヤンキーです。
これでは審査員に時代錯誤と思われてしまうでしょう。
でも日本の原風景を多数決に直せばヤンキーが居る風景です。
現実離れしているのは販売されている書籍やDVDの方です。
間違っているのは東京者の方ですからね。

そうは言っても修正して行かねばなりません。
多数決よりも立場の強弱傾向が重要なのです。
自己改革する必要があるのです。

つまりあらゆる物が売り難いのは実状を知らないからです。
日本の中心権力者は無知であると知るべきでしょう。

暇潰しの愚痴になりました。
さあ執筆するかな~!
 




 
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満開になりました [道すがら]



ようやく蕾が開いてといった感覚があります。
蕾が大きくなったのも最近のことでした。
春が突然本格化したと思えたのです。

今週は冬の支度で防寒服であったのに今日からは春です。
昨日まで冬支度が少し暑かったのです。
朝から一枚脱いで軽装しても寒くありませんでした。

早朝の一時を過ぎれば冬の感覚も消えたのです。
このブログを書いている今も暖房要らずで一枚少ない上着。
もう少しも寒さを感じません。

ひと雨来ましたが既に止んでいます。
桜が散る程の分量もありませんでした。
ちょっとだけ肩透かしの感じがしています。

これから春雨だと思い着込むこともないでしょう。
これで冬ともお別れですね。
 



 


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春の装いに向けて [道すがら]



先月末は関東南部で雪が降ったりしました。
それでも無事に桜が咲いて満開だとか。
北関東ではソメイヨシノが準備万端です。

毎年カワズサクラが咲いて交代でソメイヨシノでした。
今年は先週でカワズは葉だらけになって緑色です。
それなのにソメイヨシノは桃色に色が湧いて静かに停止です。
今日当たり自宅周辺で1分未満咲が始まりました。

ソメイヨシノが散ってから柴桜が咲くのが通例です。
でも待ちきれないようで咲き始めてしまいました。
既に5分咲きの株が道行きに見られます。

もう順番が滅茶苦茶です。
モクレンも水仙も既に散ってしまいました。
花粉症写真を取る気力も失せています。
今年は例年の花は半分も撮影できそうにありません。

これも運命の一つでしょう。
人生には番狂わせが何度も起きるもの。
自分の人生だって番狂わせだらけ。
意外性のオンパレードでした。
花の順番違いなんて些細なことなのでしょう。

でも違和感の残る春になりました。
何か悪いことが起きる前兆でないことを祈るばかり。
今年が水害の年で無い事を願うのです。

世の中の人が笑って過ごせる年になる。
そのよう桜に祈りましょうか?
何らかの理由で待っているのでしょうから。
 




 

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春の雷様 [道すがら]



もう来たのか!
そんな気がしました。
一転俄かにかき曇り!
こんな感じで雲が増えて厚くなり暗くなったのです。
暗くなる時は急激に暗くなります。
夕方前が突然に宵闇に変化した感じです。
神の存在を実感するに十分な天変地異です。

それでも15分くらい強い雨と突風で終了。
遠雷が微かに聞こえながら遠ざかって行きました。

このブログはパソコンで書いてネット更新しています。
パソコンはノートタイプなので電源を切って独立起動中です。
ネットワークの光モデムは電源を断ちました。
いずれもコンセントからプラグを抜いています。
雷対策電源タップも併用していますが不在時の応急処置です。
在宅時にはコンセントを抜いてデータ保護です。
外付けのHDDも電源ユニットを抜きました。

こうした雷対策は通常6月頃からです。
単発的には大型連休後くらいでしょうか。
それくらい春に雷は来ません。
それが北関東の常識なのですが例外は常にあるものです。

テレビやビデオデッキはそのままです。
格安品を使っているから壊れたら新型にします。
パソコンも格安品でOSはセブンですがデータが大切です。
買い替える予定はOSが10以降を予定しています。
その時はサポートが終わってしまうでしょうからね。

パソコンの場合は種変機器が使えなくなったりします。
スキャナーとかプリンターの買い替えも必須になるものです。
壊れなければ10年以上使える家電と違います。

デジタル電子機器は取扱や寿命が短くて困ります。
ホント貧乏人泣かせです。
 




 
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どろいど、ですか? [道すがら]



ロボットの関連本を読みました。
近年はSFのジャンルが死に絶えています。
サイエンスフィクションよりもファンタジーやホラーの時代です。
そもそも科学に未来のイメージを抱かなくなりました。
近年の科学技術は生活に密接です。
でも存在の割に仕組みに関心が向きません。

スマートホンやパソコンなど物凄い技術の集積です。
でも利用者の関心は操作やソフトであってハード面ではないのです。

その割に科学的と言った表現をします。
大嫌いな学校教科の科学と物理に背を向ける。
でも頼る杖として存在だけは口にします。

最近はロボットとかアンドロイドに感心したりしません。
HONDAの二足歩行ロボットが騒ぎになってからスッカリ下火です。
ギミックに驚いたりしないのです。

でもアニメでは宇宙を飛行船が飛んでロボットで戦闘します。
大事なコンテンツで終わる気配はありません。
その宇宙戦争物も何時の間にやらファンタジー色が濃いです。
設定だけ宇宙や他の惑星で恋愛劇やミステリーが起きます。
科学と魔法が融合したみたいで異差がないのです。

さらに厳しい自然環境課で妖精や精霊に神様や怪物の登場です。
生活圏外で何らかの夢物語が広がります。
人でないモノが闊歩して活躍したりします。
擬人化の物語が大半を占めて人気を集める。
科学の隙入る余地がありません。

世間で何かあると科学的でないと否定する風潮があります。
でも非科学的な物語にお金と時間を掛けています。
千葉のキグルミランドは親子で大賑わい。
誰も冷静さをカナグリ捨てて遊びまわります。
なんと幼稚なんだろうと思うのですが当事者は大喜びです。

この不自然さは何処から来るのか。
そして何処に行くのでしょう。

近い将来、社会にロボットが汎用品として出回るでしょう。
その時に人は機械に何の夢と希望と期待を寄せるのでしょう。
少しくらい長生きして知りたいものです。
結末を知るまで元気に生活したいです。

そして空想はどの様な先に進むのでしょう。
創作活動者として行き先を見定めなくてはなりません。
 



 
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氷雨の一日 [道すがら]



気分が乗らないです。
窓の外は雨音が絶えず聞こえてきます。
花粉症の身には気持ちが落ち着く雨です。

でも心持ちは低めで灰色になります。
やっぱり低気圧や気圧の谷間は心の谷間です。
気分が高まる様なことはありません。

机に向かっても少しもアイデアがや発想が降りて来ません。
貴重な月末の休日に執筆が叶わないのです。
嘆いても仕方ないのです。
今の状態を肯定的に受け入れるしかありません。

明日も午前中は雨らしいです。
上手く行かない気分に打って付けです。
でも雨で花粉が流れてくれるのは嬉しいもの。
良いことだって起きていまるのです。

プラマイなしでしょう。
そもそも善悪も良不可もありません。
現実は現実であって判断しているのは私だけです。

気にしないでゆるゆると行きます。
 



 

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喉元過ぎてしまうと [道すがら]



東日本大震災から6年も経過しました。
震災の教訓は既に歴史の闇に消え去りましたね。
あの凄まじい現実は当事者以外に記憶から消えてしまった。

地震雷火事親父。

嫌な物の代表格で災害の因子です。
でも必然でなく偶然の巡り合いだと思い込んでいます。
本当にそうなのでしょうか。

先日大騒ぎの対象だった旧都知事が言いました。
大震災を見て天罰だと。
大変なひんしゅくをかったものです。
記憶に強く滲みこんでいました。

何故なら自分もそう思ったからです。
東北人の方々でなく日本にです。
代表として物静かな人に災害が行ってしまった。
それは神様は自分に近い者に責め苦を与えます。

そんな考え方が神秘主義にあります。
あの者達なら大丈夫だと信頼して見せしめにするのです。
実際に旧約聖書の災難にあう人々は熱心な信者達です。
不審人な愚か者よりも神を愛する者に神罰を与えます。

そんなもの言い伝えで、伝承で、作り話で、必罰で信者を縛っているだけ。
宗教の常套句の例え話だと言う現実者はいます。
確かに新興宗教とか例え話の寓話で信者を恐れさせます。
それでお布施を貰って経営を成り立たせるのですから。
 
創作行為を熱心に行ない資料や神話の収集をすると思います。
本当に寓話だけなのか?
例え話で真理を語っていないか?

心理学でも近代のセラピー系の資料を読むと思うのです。
妙に神秘主義に傾いて行くのです。
神話は人間の本質を突いているのだろうと思えます。
脳の構造が神話として出力されている一例だと考えてしまうのです。
より簡素な童話にその傾向が見られます。
ロングセラーの作品は心の構造を貫いていたりするのです。

精神科医や心理療法士の本が童話や神話を例えて使って説明しています。
心の心理行動を見て物語を書けば心を打つのです。
ベタベタな展開でもカタルシスを得やすいです。
創意工夫も全て押し流してしまうのです。
 
そう考えると伝承や伝説に寓話も洗練されて現代に生き残ったのです。
心の本質を捉えないと時代の波に揉まれて摩耗して残らない。
そんな気がします。

だから現実に起きた災害も物語として生き残る。
現実と創作が上手に重なって教訓として寓話になるのです。
歴史書や記念碑は教訓になりません。
実際に先人の災害記録を活かせた試しがないのです。
6年前もそうでしたから。

愚直に真理を継承することは生き残る手立て。
そう思えるのです。
物の有難味や命の尊さ。
質素な暮らしに欲の抑制。
重要な事は経済論理やビジネスで押し流されてしまうのです。
これが心の災害だと思うのです。
振返り顧みない者は愚か者でしょう。

世の中を見て感じた事です。
 



 

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