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界面活性剤なら? [お稽古・勉強]



界面活性剤。
洗剤の事だと記憶しています。
間違いかもしれないし、正しいかも知れません。
何らかの前提条件とかがあるのかも?
 
こんな話を何故書いているのかと申します。

昨年から病院で謎の事故事件がありました。
界面活性剤を点滴に注入されて患者が亡くなった事件です。
迷宮入りしそうなお話しです。
証拠も現場も容疑者も推定し易いのに犯人が逮捕できない。

木を隠すなら森の中と申します。
容疑者が多過ぎると的が絞れない。
誰にでも矢は当たる状況ですが、当てたい人に当たらない。
世の中の構造は、こんなモノなんだと思う訳です。
 
で、日常生活に潜む恐怖があります。
洗剤は良い薬物なのか毒物なのか?

その効果を確認するべく噴霧器に千倍位に薄めた食器洗剤を入れて見ました。
網戸に群がる夏夜の虫に噴霧してみたのです。

効果があったのは甲殻虫です。
蝶蛾の類には効果が薄いです。
同じ甲殻類でも微小昆虫には効果ありません。
藪蚊には効果ありましたね。
蠅は速過ぎて噴霧できたのか不明で、元気です。
市販の噴霧薬でも蠅が死んだ光景は見たこと在りません。
ゴキブリの類は即時姿が消失し結果がわかりません。
何とかの猫と同じで、同時並行宇宙が増えるだけです。

大型の甲殻類は死にません、超動きが散漫なだけ。
足だけが一日経過しても動き続けています。
私の罪悪感が増すだけですね。

鳥も中大型の甲殻類を食べたりしません。
烏サイズの鳥でないと口に入らないからでしょう。
窓辺で虫が絶命前の緩慢な動きを見せています。

もしかするとアブラムシにも効果が高いでしょうか?
アブラムシには牛乳パックに残った成分を10Lの水で薄めて効果があるそうです。
牛乳の油脂でアブラムシが硬直して死に至るとか。
でも蟻が群がっているとアブラムシを掃除して効果無いとか。



最近は中間小説勉強で毒物に興味が向かっています。
日常生活にある生活備品が実は人を殺す道具になるのだとか。

帝銀事件とヒ素ミルク事故で、ヒ素が有名薬になりました。
水俣公害で水銀が有名になった。
軍人の自決薬で青酸化合物が有名になった。
モンゴルの狩猟道具と忍者で、トリカブトが時代劇の中心扱い毒になる。
クレオパトラの自決薬でコブラの毒。
忍者の暗殺蛇はマムシが定番です。
沖縄方面ならハブですね。
海物ならウミヘビやカサゴでしょうし、超有名はフグ毒です。
海の生物は毒持ちが大変豊富に存在します。

思うに昔ならいざ知らず、手に入り難いモノばかりです。
現代サスペンスには扱い難いものばかりです。

でも漂白剤の塩素や洗剤の活性剤も毒物として使えるそうです。
何気なく簡単に人を殺せてしまう。
許可の要らない雑草駆除剤でも人殺しが可能だとか。
巷にある雑草や花木ににも強力な毒持ちがあるそうです。
山菜の事故もこうした一例だそうです。
キノコだけでは無いそうですからね。

つまりサスペンスの小道具は思いの外、選択肢が多いのですね。
即効性や遅効性も期待できるのですね。
偽装用なら一酸化炭素や過剰酸素も猛毒です。
混ぜるな危険で、硫化水素も発生できたりします。

その他に死体処理にも日常品を使うと処理効果が早くなるとか。
創意工夫した物語が、殺意のほう助になっては堪りませんね。
中間小説とはそんなものです。
意外性と着眼点で平凡な作品が面白く感じたりできます。
科学的な知見がドラマを膨らませてくれるのです。


でもリアルに死に損ねた甲殻類を見ていると複雑な気分になります。
虫の気孔へ洗剤が蓋をして酸欠なのですね。
それと身体の継ぎ目から浸透圧で洗剤が染み込んでしまった。
生殺しです。

昨今の田舎は烏も減って小鳥ばかりです。
拾い食いしてくれない。
野良犬も野良猫も居ません。
微妙に生態系が破綻しているのですから。
 




 

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迷宮の道 [お稽古・勉強]



思考が絡まってスッキリ出てきません。
アイデアや構想が頭に渦巻いているからです。
簡単に紐解くようにでてきません。

アイデアや構想がたくさんあっても駄目なのです。
そのシーンにふさわしい展開は数個です。
物語は終着点に向かって決まっています。
途中の何処を通過しても構いません。
ですがふさわしい中継点は数カ所です。
無限の停車場が存在しても選ぶ点は決まっています。

この事実を掴んだのは最近のことです。
何処を通過しても良いけれど正解は限定的です。
宝探しのようなものです。
宝は地表に現れているのです。
ですが全部手に取ってはならない。

毎回苦労して作品を仕上げると新しい事実を知ります。
引き返して手直しはできません。
たいていが時間切れなのですから。

愚作から習作へ。
そして秀作から優作へと成長する。
途中で停滞するのはいつものこと。

完成原稿はテーマもモチーフが同じでも優良可です。
だからこそ似たような物語なのに感動が違います。
人類が何万年も語り継いだのに新作が生まれます。
優良可が存在して時代性や文化も変化します。
人の価値観やメディアの多様性が生じます。
終わらない物語が現実世界に存在するのです。

作家は無限へ取り付く苔の存在なのでしょう。
脳内整理に努めなくちゃ。
 




 


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ヒステリーの歌なのかな? [お稽古・勉強]


昔にメンタルヘルス勉強会で知りました。
時代を越えて歌い継がれる流行歌の特徴です。
大抵がノイローゼの歌詞が付いているみたい。
実例を挙げて教えてくれたのでした。

不条理や理不尽の先の結果論的な歌です。
これが特徴でしょう。


そんなことで、ヒステリーの歌もあるわけです。
年々、世の中がキレやすい時代に移行していますからね。
特徴的なのが、アングラ系のマニアックな歌手の歌です。
女性や男性も高音に響く歌声で、低温の魅力が消えているのも特徴でしょう。
落ち着いて聞いていられない。
平常心の人だと、耳触りが悪く聞いて要られない。
金切り声で言葉が潰れて判読し難い。
これらの特徴が見られます。

古典的な一番人気な歌の傾向は、不倫物ですね。
色恋沙汰が倫理や宗教観を壊す訳です。
よくよく歌詞をよんだりすると、問題提起したくなる。
時代や世相を越えて、恋愛関係は人間の性を浮き出しますね。

これらが、病んだ視聴者の共感を呼ぶのです。
特に病気未満、手前の人に効果が高い傾向が見られます。
それで複合要因と共に、名曲へと昇華され呼ばれるみたい。


歌ですと曲が付いていて、視聴者は内容を深く考察しません。
共感できるかどうかだけで、それ以外の思考が排除されます。
明治の詩集だと曲が届けられないので、普遍的な文字構成になっていました。
今は音楽となって、歌詞が簡単に誰にでも届く時代です。




時代と共に直接的な表現になって、暗喩や比喩が裂けられます。
作る方も、使う方も、聞く方も思考能力が欠如しているのです。
読み直して分析すると、思いの外違和感を感じないのですね。
この手順を踏むと、ヒット曲に距離を置きたくなる。
もう歌いたくない気分になるのです。
恐いですね、心理分析の業は。

そんなことで、最近は童謡や唱歌ばかり歌っています。
これも良く分析すると、非常に怖かったりします。
20世紀は世界戦争の時代でした。


今、21世紀は内戦と、紛争・テロの時代ですから。
次の歌は、格差社会を歌うのかな?
 





 

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歌声が響く場所は [お稽古・勉強]


人間に残された最後の希望は、歌だそうです。
何かの本で読んだ気がします。
耳が聞こえなくても、振動でリズムは取れます。
言葉が喋れなくても、うめき声でも、叩くことでも音が出せます。
一度歌声を聴いたら、脳内で自己完結できるのも歌です。
言葉がわからならなくても、ハミングという手法があります。
国境も星も越えて行ける存在らしいですね。
 
そんな素敵な音楽ですが、誰でもできる分だけ奥が深い。
追及する程に、奥が見えてしい終着点が見えないものです。
芸術は単純な物ほど、広がりも深さもあるようです。
清書にある、狭き門から行けは、芸術芸能に通じているようです。
 
前置きが長いのは言い訳なのでした。

この十年以上、真面目に取組んできたつもりです。
歌も懸命に努力したつもりでした。
しかし40の手習いでしたね。
十年頑張ると五十の手習いです。
成果が出ることはありません。
日々劣化する身体感覚を、辛うじて支えるのが精いっぱい。
躍進など夢の中の夢です。

でも頑張って来た事実だけが残っています。
『努力が裏切らない』のは、こういった過程だけです。
『努力は期待を叶えないことが多い』ってことです。
芝居もダンスも、歌も同じ。
年寄りの冷や水で終わるだけ。

まあ度胸という経験談や、失敗談は山積になりました。
それらも何時か、創作活動に活かされて消化・昇華される予定です。
歌声が響く場所は、稽古場と本番以外に、作品内にもあるみたい。
練習曲は脳味噌内で、勝手にリフレインしています。
お得で便利なモノです。

聞くよりは歌う物。
それが歌ですね。
 



 

 
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脳味噌が弾けそうで [お稽古・勉強]


使い古しの充電池のようです。

充電すると直ぐに満パンになりますが、直ぐに放電してしまう。
それが中高年の特徴ですね。

休日に勉強しても、来週にすっかり忘れています。
勉強していた事実を覚えているだけです。

雨の休日前後になりました。
自宅で引き篭もりするに最適です。
思いの勉強をして一日が過ぎて行きます。
幸福な時間が流れて行きます。

しかし記憶も時と一緒に流れて消えるのです。
何を覚えていたのか、思い出すに困難です。
そもそも覚えていたのかさえ怪しい。
忘れるのでなくて、覚えていない?

悲しい現実があります。

でも来週同じ本を読めば、新鮮な気持ちになるのは間違いない。
読んだ事実が幻に思える訳です。
夢でも見ていたのかと、自分にツッコメますからね。
二度も三度もお得気分に浸れます。

こうしてブログに書き残して、勉強の経過を残して置きましょう。
勉強の成果でないところがミソです。

さて来週も頑張ろう。
来週は別の講座があるんですけれどね。

今のところ、脳味噌がはち切れそうな気分です。
たくさん収穫した証拠です。
知恵熱が出ませんように。




 


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一つで、二つができて [お稽古・勉強]


一つの素案から、幾つもの作品が生まれます。
素案の事を、モチーフとかテーマとか呼ぶべきか理解できません。
何となくでしかないからです。
切っ掛けだと説明できる程度です。


少し前に書いた人の組み合わせを、ほんの少し操作しました。
そこから起案が浮かんで、物語になったのです。
その物語を尺で換算して、アレンジしたら別物に仕上がりました。
型枠が決まると、同じ品が別の商品になるのです。

ケーキクッキーの基材みたいなものですね。
小麦粉に水を入れて練ったら、うどんになったりパスタになったり。
ピザの生地や、餃子やワンタン……。
実際の材料は微妙に違っているけれど、根本が同じ。
同じだけれど、行く先は違って皆よいモノなのですね。

今週は、そんなことやりながら感しいっていたのです。
物語も結局は料理みたいなモノ。
作れば作るだけ、レパートリーは広がります。
アレンジも増えるし、見た目もかけ離れて行くのです。

そんなに多くの事を、ガツガツと学ばなくても、先の広がりが期待できます。
恐れないでもいい訳ですね。
進むほどに広がって行けるのです。
立ち止まって考えて、動けないよりは、見切を付けて歩んだ方が良いのです。


話のネタを考えて苦悩するよりも、アレンジで膨らませた方が仕上がり良好です。
手元にあるモノで、作品を作ればいいのです。
知らないことに、無理に挑戦しなくていい。
挑む時には、きっと既知になっていることでしょう。
来るべき時に向き合って、取り扱えばいいのですね。


何とはなしに、少し理解して自信が付いた私でした。
これも継続して練習しなければ、気が付きませんでした。
やってみる方が、吉なのですね~。




 

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ガンバリり過ぎないように [お稽古・勉強]


どうも頑張り過ぎて、余計な物まで増やす私です。

頑張って良くなるようにするほど、雪ダルマ式に増える作品。
簡潔でこじんまりとしたいところですが、膨れ上がってしまいます。

文芸作品を見直す程に、文字数が増えて行くのでした。
バッサリと切り落としたいのですが、勇気が出ません。
毎度の苦悩を味わっております。


脚本作りでは、切り落としが慣れ親しんだところです。
クドイ部分はバッサリ削る。
台詞も一行にして、掛け合いを早くする。
これが出来るようになりました。

ところが文芸作品は、描写しなくちゃとシッカリ書き込んでしまいます。
読者に委ねる部分と、見せない部分の見極めが難しい。
懇切丁寧に描写書きをしています。

妙に膨らんだファイルのデータ容量みて、ガッカリしているのです。

少し時間を空けて、冷静になってから手掛けた方がいいみたい。
今回の修正分を印字して、赤をいれたいですね。
手直しは今日で止めます。

同じプロットを元にして、倍チョットくらいの作品も書いてみるつもりです。
短い作品と、少し長い作品との、対比をしてみたいですね。
ザックリと省いて書き進められるのか?
さあ、人体実験です。





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適正適応できるかな? [お稽古・勉強]


文学系物語の創作に、小説、随筆、脚本、戯曲があります。
映像系に近づくと、台本とか脚本、原案、プロット、シナプシスが出て来ます。

文字が文字のまま使われるのであれば、最初から小説が便利ですね。
文字が先鋭ドキュメント化すると、随筆や短歌、俳句、川柳に至ります。

舞台上での演目を考えると、演劇、能や狂言、落語、漫才・漫談、浪花節・浪曲、コントなど多種多彩。
映像系なら、映画ドラマ、CMやインタラクティブなんて新しいものもあります。
絵に進めば、漫画アニメ、影絵、人形劇とかも考えられます。

それぞれに最適化する必要もあるし、その世界でのベテランや職人芸術家もいます。



自分は何処に向けて立ち位置を決めたいのか?

物語創作の基本があります。
これを習得しそうになれば、進みたい道を選んで進むべきですね。
中には、学者や教育・指導者という道筋もあります。
道は枝葉の様に広がっているのですね。


自分の希望もありますし、適正もあるのです。
希望と適性が沿っていればいいのですが、反目したら最悪です。
一歩目が出ないで立ち止まってしまいます。

これが昔であれば、徒弟制があるから本人の希望は最小限で済みます。
道筋が決まれば迷いも無いのです。
自由が無いと反発する思想もあります。
とても厄介なのが、自由だと知っていれば滅私奉公も出来ます。
無為だが省けるので楽でもあります。
何でも好きに選べる不自由さはありません。

先生・師匠がいれば、世に出る機会も人脈を得るのも楽なのです。
自由は何も手にしない危険と隣り合わせ。

社会生活は面識の有る無しの、人脈に肝が在ると最近知った私です。
これがないと、夢見る馬鹿で終わる可能性があります。
世に為人が知れ渡ってからが、自由の発揮時なのですね。
若いと、無知で馬鹿で、どうしようもないと理解した私です。


さて好きな事に邁進出来るのは基礎編までです。
その先を見据えていないと、体験学習して終ってしまいます。
自分は何者になりたいのか。
何処へ進みたいのか?

あれも善い、これも良いなんて、幼稚な妄想はそろそろ捨てなくちゃ。
確定しないと無駄に時間を浪費してしまうでしょう。



考えなくちゃ!

そんな時が近づいている気がします。
それに、今の自分に何が出来るやら?



 


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情念怨念!? [お稽古・勉強]


物語を作っていて思うのでした。
自分は男なので、女の人の内面は想像が出来ません。
でも外面は見ているので。行動は想像できます。

それと過去の映像作品や舞台作品、小説などで知る女性像があります。
誇張されているとはいえ、あんな感じかな? と思う訳ですね。

現在の停滞する経済化の女性の行動。
それとバブル時代の女性の行動。
これはつぶさに見て、体験して感じて来た経験があります。
ですから、経験や知識で想像した女性キャラを物語に投入しているのです。

最近は冬場になったせいか、気持ちが落ち込みがち。
夏場の高揚感は消失してしまったので、明るい作品は作れません。
気分が乗らないから書けないのです。

素人でありますし、勉強中の身の上です。
お題もないし、決まり事も大してありません。
依頼する施主がいる訳でもありません。
自由に書けます。
だからこそ、季節の気分が作品に反映されるのです。


前振りとして提言した通りに、作風は陰々滅滅としてきます。
やがてホラータッチになり、ホラーになることもあります。

読み手の方なら、冬場にホラーは読みませんね。
でも書き手なので恐いお話しになってしまいます。
これが発信者と受信者の違いでしょう。

春夏の頃は、自然とコミカルな楽しいモノになります。
季節の移ろいで、気分が変われば作風も変わるのですね。



昔にシンガーソングライターのインタビューで、言ってました。
夏の曲が得意な方には、冬場に夏の依頼が来る。
冬の得意な人には、夏に依頼が来る。
売り出しに合わせ、当然の季節逆転依頼です。
作る方はプロだから何とかなるのでしょうが、大変だと思います。

だから冬の曲なのに妙に明るかったり、夏の曲なのに悲しい場面だったり。
作り手の苦悩が、作品を見て感じ取れるのでした。
自分は素人で良かったです。
気分に沿わない作品を作る苦悩をしなくて済んでいるのです。


そんなことで、このところ女性が登場すると、自棄に情念的で陰湿で意固地になります。
カラッとした太陽みたいな若い女性が思い浮かばない。
真っ黒な服着て、真っ赤な口紅付けて、高圧的な発言ばかり言う人物が浮かんで来るばかり。
書いていて辛いです。

思い付かないのだから仕方ありませんが、このような女性陣が恐い恐い。
自分で書いていて背筋が凍る想いです。
近くに居て欲しくない人達ばかりです。

これをホラー風にしないで現代風に直すとどうなるのか。
登場人物が、ヒトデナシの展示場みたいになってしまいます。
昔に流行った、ハードボイルド系の作品ならOKでしょうか?


明るい物語は、菜の花が咲いてから取り組んだ方が賢明です。
作家の自分も季節商品なのだと自覚します。





 

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自制心発動! [お稽古・勉強]


心の底に臆病者が居るのです。
これを心理学ではインナーチャイルドと呼びます。
ここから心理学的な弱者の話しを書きたいと思います。

コレしようとか、アレやろうと考えても、最後の一歩が踏み出せない。
自分で希望しているのに、行動に移せないのです。
必ずブレーキが掛かってしまいます。
 
作品作りしていても、何故か思い付きを文字化できないのです。
躊躇したまま固まってしまうのです。


これに何時も閉口するのでした。
心が乖離したみたいで、動きたいけれど動けない。
動きたくない何かが見えるけれど、何故なのかわからない。
 
10年前にブログを始めた時もそうでした。
書き残したいけれど、書きたくない自分の心がいました。
でも何とか毎日書いて今に至ります。
初めて1年間位が一番情熱に駆られていましたね。

衝動的に書きたい事を書いてupしていました。

でも読者がついて来ないので、一時期情熱を失いました。
自分を誰かに判って貰いたい衝動が現れたのです。

どうせわかって貰えない。

このキーワードが自分を卑屈にしたみたい。
生きて来た時間の中で、何時度も感じて落胆した感覚です。

人には自己承認要求と云われる特性があります。
勉強した時に、コレか! と思ったものです。
今では誰かでは無くて、自分に納得すればいいと、ブログを継続しています。

ブログならそれでいいでしょう。

でも、創作活動は誰かの目に触れさせる行為です。
芸術活動でもありますから、自己表現と周知が両輪になります。
ここで周知活動に関して、過去の記憶が邪魔をするのでしょう。
自分を否定して表層意識で走り出すと、分裂症になってしまいます。
いまは統合失調と呼ばれているみたいですね。
強く出れば病気ですし、柔いなら個性です。
でも強い個性になってしまいます。
空気読まないとか、自己主張が激しいと見られてしまいますね。
協調性が無いとか、ジコチュウーとか言われて、毛嫌いされます。

そんな暗部も見えて想像できるのです。
これも創作活動する資質なので排除できません。
誰か特定の人に自分を強く肯定するか、見守って貰いたいと思えるのです。
そんな自分が弱いなと感じてすまうと、自己否定に至ります。
それで行動する気持ちと、沈静化する気持ちが衝突してしまうのです。
だから原因を作らないように、自制するのでしょう。

こうなるともう書けません。
書きたいのに書けない。

物語的には、三島由紀夫の弱法師の雰囲気になるでしょう。
見事に表現していると考えると、自分を卑下してしまいそうです。

でも自分は自分、他人は他人。
こうやって自己分析して、自己肯定すればいいのです。
心理学療法のアサーティブとか交流分析ですね。
みんなまとめて肯定したえばいい。
あるものは有るし、消えません。
一切合切、存在を肯定して判断をしない。
あるがままです。


書けない自分を肯定すると、何となく書き出せます。
自分を愛おしく認めればいいのです。
他人の評価は参考データなのです。


こして記事を書いていて、少し楽になりました。
独り自己分析と、自己セラピーの効果がありますね。

良かった、良かった。




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