So-net無料ブログ作成
コラム・ぼやき ブログトップ
前の10件 | 次の10件

年末の掃除はじめ [コラム・ぼやき]



年末が来たのだという感じが、まったくしませんね。
既に真冬の感じなので、年越しした気分でいるのです。
カレンダーを見れば、年を超えていないのは明らかです。
単なる錯覚ですが、肌感覚だとそう思えます。
 
家では外回りの掃除をしました。
大掃除は面倒でしたくないから、小掃除です。

枯草等を抜いたり刈取ったりして、綺麗な雰囲気作りです。
通年なら軽く汗がにじむところが、まったく出ない汗。
木枯らしに吹かれて、鳥肌が出るくらいです。
今年の冬将軍は意地悪です。
 
それでも動き回って、重ね着した服を一枚だけ脱ぎました。
休憩すると寒くなるので、休まずに午前中だけ頑張った。
お昼を回ると強風の木枯らしに変化したのです。

今年も午後は強風が吹くのが、地域の習わしです。
もう午後に作業はできません。
風邪をひくだけですからね。
玄人の外仕事人ではありません。
無理は禁物。

明日は、内外の掃除をしないといけません。
もっと早くしておけばと、後悔する年末となりました。
今年は冬の到来が早過ぎましたね。
 





 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

徹頭徹尾にして [コラム・ぼやき]



作品作りでも、人生でも貫くべき事があるものです。
貫かなければと絶えず思う人を、芸術家と呼びます。
あとは政治系の危機管理担当や外交交渉担当でしょうね。

それ以外は、外部要因に拠り柔軟に対応するのが是です。
固執すると商売や世間体で失敗するだけです。
正反対ですよね。

自分の創作活動も、素人活動に専念するなら貫徹です。
商業作家なら、描きたい物より読まれるものを作るべきです。
これまた正反対の取り組み方をするべきです。

どうもその点で気持ちの切り替えが出来ません。
どうしても書きたい物を書いて、描いて、組み立ててしまいます。
自分の気持ちに素直になることが重要だと知っています。
そうでないと、無限地獄が続いてしまうのです。
半世紀生きての結論は『したくない事はしない』です。

仕事だからとか、付き合いだとか、立場だとかで苦労の連続でした。
楽しく好きな事も、やがて嫌いで嫌なモノに変化してしまう。
そんな経験をして来ましたから。

やりたい事よりも、出来る事を優先するのが仕事です。
好きな事して、お金と手間を払うのが趣味だと思い込んでいました。
どちらも行き着く先は地獄です。
出来る事も、好きな事も、遠ざけて避難するだけの存在になるのです。

新しく好きな事や、やりたい事を探す事をくり返しては、捨てて来ました。

もうそれも卒業したい。
好きな事して仕事にして、楽しく幸せに暮らしたい。
そう思うのです。
半世紀我慢したのだから、違う次元に飛び移っても罰は当たらない。
そう思うのです。
充分必要経費は支払ったと思っています。
苦労の先払いです。

後の人生は利子を貰って悠々と行きたい。
この数年はその為に使って来たと思うのです。
今でも十分に幸せですが、もっと幸せになってみたい。
来年からは、そんな生き方を迷わない。
そう思うのです。
 
気持と行動がブレると、違う場所に飛んで着地してしまいます。
余計なことはしないで、貫きたいですね。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

ケーキの日が過ぎて [コラム・ぼやき]



ケーキが貴重品で無くなって久しいです。
半生くらい前だと、超貴重品でした。
私もケーキを口にしたのは10歳嫌いの頃。
オイルショック辺りが、ケーキが日本中に広まった頃でしょうか。
 
上記のオイルショックは、中東戦争で起きた騒動です。
日本中から石油製品や、紙製品が消えた頃です。
それから10年くらいの間に、何度も石油騒動が起きました。
近代の中東問題に関心を持ったら、自分で調べて下さいね。

ケーキが広まって、サンタも広がりました。
今ではお菓子の日は4回ほどです。
次がバレンタインで、お雛祭りと続きます。
夏を挟んでハロウィンでしょうか。

ホワイトデイと子供の日は、影が薄いと思います。
女子が大騒ぎしないと、お菓子が大量に売れませんからね。

想えば今年は菓子パン以上の甘みを口にしていません。
ダイエット気分ではなく、単に欲望の欠如でしょう。
それが老化と言うものなのですね。
欲が自然と小さくなって行くみたい。
 
でも生死の欲は消えないでしょう。
老人になって達観できるかは、神のみぞ知るです。
ジタバタするか、呆けるかの要因次第です。
あとはピンピンコロリを期待するだけ。
 
今のところ甘い物は、のど飴くらいで充分です。
秋から春までは、喉荒れ対策で舐めます。
春から秋まで、遠ざかるのが甘い物の流通でしょう。

自宅に子供でも居ないと、ケーキの日が来ません。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

探検家みたい [コラム・ぼやき]



このところ夢の中で、冒険活劇をしております。
物語の創作に傾倒している証拠でしょう。
夢現で不思議な風景を見るばかり。
 
これは少年向けの冒険活劇かと思うのです。
非現実的な世界で、困難に向き合うのです。

更に変なのが、今まで傍観していたのに、当事者のシーンが多い。
これは漫画や実写作品のカメラアングルですね。
迫力あるシーンは、主人公目線です。
底に至るまでは俯瞰で見たり、横から隠れるように眺める。
至って段取りにしたがう、カメラ構成だと感じています。

小説では視線が大事です。
1人称、2人称、3人称の大枠に、三人称交互視点、神視点があります。
詳しくは小説技法書を読んで下さい。

脚本だと全ては俯瞰で描きます。
ときおり登場人物視点で描かれたりもします。
カメラの構成を決めるのは、監督とカメラマンの仕事です。

脚本は物語の設計図です。
建築物の色や素材に調度品は、制作側が決めます。

漫画や自主映画やドキュメントは、そこにある物で決まります。
どう描くか写すかは、演出の裁量でありカメラを持つ作者の美観で決められる。
だから最初説明したように、初めは場面設定を見せる俯瞰で概要を見せます。
次に登場人物の様式を確認するために、隠し撮りの絵柄になります。
対立が確実化すると、カメラは場面の主人公と対立者を写します。
更に激情して行くと、交互の視線で写しながら展開します。
事件経過で、カメラは遠近を順次見せて、状況の変化を伝える。
これが定番の撮影法であり、漫画のコマ使いと描き方になります。

大切なのは動きを見せる事です。
言葉よりも活動で心理描写をするのですね。
文字世界だと心理描写は、心情を中心に言葉で滲み出します。
読者の想像力を刺激して、風景や建物、部屋の雰囲気をかもすのです。
抽象的であり、具体的である必要があります。
その取捨選択が、経験を増すごとに上手になります。

この様にして、自分の夢も経験値が増してカメラアングルが変化します。
上手に見せて自分を自分で虜にするのです。
自作自演して、自撮りしながら鑑賞する。
現実世界では出来ない事でも、夢の中ならできます。

シーンの展開が出鱈目でも構いません。
自分の記憶に直接作用するのですから、驚きもひとしお。
思わず飛び起きたりするのですね。

場面によっては、寝直すと再開したりします。
前のシーンアから見直したりもします。
便利なのか、不便なのか、迷惑なのかわかりません。

もう創作活動をする限り止まらないでしょう。
辞めても脳の癖が出来るので、しばらくは続くでしょう。
間違いない事実です。

夢の探検者として、毎晩冒険活劇をして来ます。
 




 
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

休み前は大騒動になる [コラム・ぼやき]



昨今の日本は、偽装・虚偽で大騒動です。
日本を成果主義にした歪が、随所に現れています。
平和で暮し良かった昭和も、思えば嘘の連続でした。
それが日米や中韓の問題に、顕著に表れています。
 
世の中は『苦』だと御釈迦様が申した通り、平穏な日々は訪れません。
 
学生の平和は、学校で勉強しない事。
これは昔から変わりません。
通知表を親に見せる事が、最大の課題でした。
学校で平和にウダウダと暮らせば、通知表に結果が出ます。
日ごろの成果が数値化されるのです。
これも成果主義です。
 
そう考えると、勝者以外に成果主義は悪なのです。
一握りの一つまみがほくそ笑む事ができる。
これが成果主義の根本です。

これは世の為にならない制度のです。
ところが自分が勝者になれると、本気で信じる人が沢山いる。
これは中間層思想であり、中華思想なのです。

成果主義は神の下に平等である前提が必要です。
現世が仮の姿で、神に愛されていると信じないとイケマセン。
日本は神を殺した国なので、成果主義は覇権主義とイコール。
つまり成果主義は地獄の制度なのです。

神を信じまいと信じようと、地獄だけはある。
現世が地獄であれば、あの世に天国が無くとも成立する。
そういった仕組みだと考えています。
 
年末のボーナスを貰った役人はホクホク。
成果主義と切り離された楽園だからでしょう。
子供が天国で暮らしたいなら、役人にさせること。
これで日本が、天国に一番近い島となります。

困って苦しんでいる人から役人にすればいい。
それも成果主義だと思うのです。
一番の慈愛制度ですからね。
 




 
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

水彩色鉛筆が [コラム・ぼやき]


 
中高年から指先を使う事に意識を向けると、呆け防止になるそうです。
それで絵手紙が高齢者に人気なんだとか。
 
自分もお試しに、百円均一で色鉛筆を購入してみました。
 
何かイマイチな感触です。
やはり一本百円の国産色鉛筆と、十二色で百八円では勝負になりません。
美術系の水彩色鉛筆だと、一本二百円以上します。

だからこそ先行投資は、御手慰みの品なのです。
先行投資で快感を得れば、本格導入するのです。
本気が出ないのだから、お試しせずの選択もありますね。

使って思うのは発色や色の冴え、指先の感覚等が違うこと。
感触に雲泥の差があります。
机の肥やしの大昔の色鉛筆と比べても、色合いが全く違っていました。
こうした汎用品は御手慰みでしかないみたい。
作りも粗雑で、芯の中心がブレています。

本当に『安かろう悪かろう』ですね。

一部の筆記用具はコストダウンして売られています。
国産だって企業努力がなされています。
同じ努力にも多くの手法があるのですね。
安かろう悪かろうに、安くてもソコソコの使い切り等です。
 
御手慰みは今回これだけに留めておきましょう。
次にやる気が出たら良い品を買います。
公房は筆を選ばなくても、凡人は良く考えて選んだ方が良い。
先にも反省していました。
今回もそのように思うのでした。
 
こうした経験は、無駄になりません。
こうして『ブログ・ネタ』になりましたから。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

何でもない事だよ [コラム・ぼやき]



久し振りの会話を楽しんだら、心が少し軽く感じました。
何かしらの得体の知らない何か掬っていたみたい。。
毒や棘、蟠りや拘り、埃や塵等か、妖怪変化の類でしょうか?
つまり要らない物が放出されたみたいに感じました。
 
言霊と言う言葉がありますね。
言葉は呪だそうです。
呪とは口で効力を発揮する念です。
願いや感謝、祝い、呪いも同列に扱います。
気持が乗る音の事を指すようです。
 
なので個人を特定する名詞、つまり名前も呪だとか。
名は体を現すと言います。
名前は名付け親の願い祈りです。
そこに呪があり、他人が名を口にすれば呪が掛けられる。
だから忌み名や、通り名、あだ名を付けて呪除けをする。
そういった意味で、本名以外の名付け風習があるのだそうです。
 
自分は短いながらも演劇で役名を貰いました。
そして自分でも、ネット用にハンドルネームを付けました。
創作様には多くのペンネームを使って来たのです。
名前に願いを掛けて見たかったからです。

沢山の名前持ちなのです。

名を読んで呼ばれて、読んで読まれる。
口から気持ちを伝え、指先から気持ちを書込む。
多くの呪を世の中に放って来ました。
これからも、そうするのです。
 
その度に気持ち良くなったり、害したりもするのです。
これは言葉の自家中毒ですね。
 
己が言葉に願いを込めて、未来を引き寄せる。
強い呪が、必要な気がしているのでした。
 





 
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

冬将軍が来たか! [コラム・ぼやき]



昼前から日が陰って、冷たい北風がソヨソヨと吹きました。
それが夕方間には、凍える冷たさと強さを持ったのです。
これは山越の冬将軍が来た証です。

冷たい北風は、雪女伝説を思い出します。
資料で古典伝承や、自然界の神々を調べていました。
草子と呼ばれる物語は、戒めとして作られた話だとあります。

なるほど、昔は家業伝承の時代で個人経営と、集団作業が伝統です。
近代になって個人主義とか、個人思想の発見が成されました。
村で一緒に作業した時代は、個性があっても個人は無かったのです。

どうしても歴代の現代人は、自分の価値観で過去や未来を判断します。
教育とは洗脳や起きての様な物です。
今のイジメは、幼児教育で『みんな仲良く』から来る宗教です。
異教徒を排除するのは、人間の文化的な習慣です。
幼児から青年期は、個→集団→個性への大変革期です。
価値観が二転どころか三転するのです。
歪みが出ても不思議はありません。

昔は個人が無かったから、日清日露戦争で強かったのです。
西洋には個人がありますから、負けそうになると敗走する兵士です。
勝てそうだと略奪を始めます。
これが個人の発露です。

山や川、海で生きる民には、戒めが必要です。
理由が分らないけれども、こんな時はこうなると言った経験がある。
それを守らないと、場合によって村が全滅してしまう。
それが戒めや風習、慣わしに成ったと学者は言います。

山の神様は女性だとされていました。
だから女が山に入ると、山の神が怒ると言われていたみたい。
だから雪女なのでしょう。
山の戒めを教えるのに、怖い女の人が必要だった。
それが雪女の伝承らしいです。

明治維新以降、日本の各地の逸話が集められて童話になった。
著者の小泉八雲の生誕地は、妖精伝説の多い英国のスコットランド国みたい。
西洋風に話を再構築すると、雪女の物語になったらしいです。
伝統的な逸話が口伝で生きていた地域です。
現代のハロウィンも、そんな風習のひとつらしい。
日本の御盆や御彼岸みたいなモノらしいです。

北風が吹くと、雪女の物語を思い浮かべます。
そしてテレビではシベリア寒気の高気圧を、冬将軍と呼んでいます。
こちらの馴染みも頭に浮かぶのです。
まるで二刀流ですね。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

何がしたいのやら? [コラム・ぼやき]



自作に取り組んでいる時に時々思うのです。
何しているのだろうかと。

自分の行動に疑問を持ってはなりません。
自己否認すると辛さしか残らないのです。
自己承認要求と呼ばれる現象は、真っ先に自己肯定から始まります。
自分嫌いや、自己否定は地獄に落ちたも同然です。

ですから自分の努力を否定始めたら、最初にするのは未来を想う事。
心理学の自己肯定技法に、未来の自分が成功者となった時を想像する行為があります。
その望ましい未来の自分と対話して、成功過程を問うのです。
 
大丈夫か? 危険人物ではないか?
他人が見たらそう思うでしょう。
静かな個室で、誰も座っていない椅子に向けて語り掛けるのです。
どうやって成功したの?
どんな困難を克服したの?
周囲の反応は?
一番の問題点は何だったのか?
たくさん質問してみましょう。

これが精神の病気の時は、統合失調気味になるので駄目です。
あくまでも健康体で、イジイジしている時に限ります。
上手く行けば、未来の自分が本当に訪ねて来る。
そうなるとSFです。

SFでは未来や過去の自分と出会うと、宇宙が消失する決まり。
『何とかの猫』理論の発展型だと思われるルールですね。
SF空想世界には、創作のルールがあるのです。
普通のエンタメ小説であると、規制は無いですね。

そしてでも心理学に、面倒な前提はありません。
未来の自分と語って構いません。
椅子に自分の姿が見えたなら、持って来いの効果です。
間違っても失敗して落胆する未来の自分を召喚してはイケマセン。
創作物語だと、面白ドタバタ物語やギャク風に作れるかも?

未来の事はわからない。
だから希望を持って努力すればいいのでしょう。
結果を疑っては辛いだけです。
望ましい未来を想像して、うっとりしたい。
そう思うのでした。
 




 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

筆記用具 [コラム・ぼやき]



手に馴染む物は、指先が正解を教えてくれます。
だから目で眺めても答えは出ません。
 
また大正解は使い込まないとワカラナイのです。
公房のも筆の誤りの公房だって、筆を選んだそうです。
来望は筆を選ばずとは、選ばなくても上手なだけです。
きっと書いていて気持ち良くなかったと思うのです。

ついでに硯や墨、紙も好みがあったと思うのです。
私のような素人だって、道具のお気に入りが生じます。
最初は分らなくても、使い込むと理解する訳です。
 
手作業がデジタルデバイス化しても同じです。
何処の企業であるか、どの製品であるかが問われるのです。
その組み合わせでの相性もあると思います。

さらに使い込んで馴染を生じるのと、劣化の進行もあります。
道具は常に変化して行きます。
人間も慣れると癖が生じます。
相性も常に変化し続けるのです。

デジタルIT製品も変化し続けます。
同じ工業製品も、型枠や材料で製品のばらつきが生じます。
規格品が社内規定を満足しても、微妙な差が生じ続けます。
定期交換部品や消耗品も、調達先で大きな違いを生じるのです。

全てが諸行無常なのです。
 
そんなわけで、新製品を求めて更なる好相性を探し続けます。
道具を使う時間が長くなる程、究極を求めて止みません。
それが人間の本質だと思うのです。
 



 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | 次の10件 コラム・ぼやき ブログトップ
メッセージを送る