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私、失敗しかしないので [コラム・ぼやき]


 
「私、失敗しないので!」
テレビドラマの主人公みたいに宣言できるのか?
とても出来る事ではありませんね。
 
どれだけ厚顔無恥なのかと思われるだけでしょう。
 
でも「私、失敗しかしないので」なら言えるでしょうか。
「言い訳するな」[責任逃れだ」と、非難されるだけです。
 
上記の二件とも、言える人には簡単に口にできる言葉です。
これこそが、天才の天才たる所以ですね。
聞かされた方は、天災か災害だと思って、諦めて怒らない。
天に愛されて生きていると思うしかありません。
 
これは自分には無くて、手に入らない才能です。
 
持っている人も少ないはず。
子猫や子犬の持つ、失う前提の才能が継続利用できること。
恵まれた人が、実勢に居たりします。
 
人間の人生内なら、何時か愛されキャラが消えてしまうもの。
ですが創作作品の中なら可能です。
万人に愛されても、嫌われないで居続けられる。
作者の技能次第で、永遠に愛される。
二次作品になって、多種多彩に変身し、時代を超越する。
 
そんなキャラを作り出したいです。
 



 
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自主退避の訓練中 [コラム・ぼやき]


 
最近の価値観を入れ替える目標が、タイトルの文言です。
流れに逆らわないで、流される事です。
もしくは流れの先に向けて、泳いで去ることですね。
 
山道も登り坂を走って登るのは、歩くより大変です。
襲われたら横道に逃げ込むか、来た道を走って逃げる。
下り坂なら、平地より楽に走れます。
 
調子に乗って駆けると転ぶのは、幼少時期に経験済みです。
可能な範囲で、落ち着いて避難するべきです。
 
それに危険な場所は、渡らないで迂回するべき。
石橋は叩かずに、目視で迂回するのが良策です。
一度や二度くらい、石橋から落ちれば予想が立ちます。
危険回避は直観が重要な選択項目でしょう。
確認するより、直感が警報を鳴らしたら近寄らない。
 
そんなことで自主的に何とか成る以外、逃げるが勝ちです。
後々の事も考えて、目先の勝ちより未来に負けない選択を優先する。
勝てない相手には、決して負けない事。
引き分けが規定されている、リーグ戦の鉄則ですからね。
 
人生だって、社会だって、世間だって同じです。
勝てそうに無いなら負けない事。
そもそも戦わない事も大切な選択です。
宮本武蔵の五輪書にも書いてあるそうです。
 
勝てる見込みが立つまで、決して戦うな! と。
逃げるが勝ちですが、避けるが最良の策なのですね。
 





 
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寝落ちに注意して [コラム・ぼやき]


 
冬の疲れが蓄積しております。
寒いだけで体力を消耗するのですね。
だから暖かな日差しを浴びると、眠気が起きます。
 
更に花粉症の予備症状も発生しました。
先週は下目蓋の裏が、真っ赤になっているのを発見。
体内の免疫力が、過剰反応を起こしているのでしょう。
目頭の痒みを自覚しております。
 
こうなると、ますます眠い。
アレルギー対策の薬を飲むと、更に眠くなるのですね。
もう起きている事が出来ない事態に至ります。
 
そんな事で、この十年花粉症の薬は飲んでいません。
春が終わるまで我慢大会です。
花冷えの五月雨が、区切りの期間です。
雨で花粉が流れるようになれば、半月で症状が治まります。
 
この時季は微妙に寝落ちし易いのです。
トンでも無い事にならぬよう、定期的な休息を入れています。
行動の変化が、睡魔を退散させ易いからです。
経験的に知ったのが、血流の変化を求めると眠気が飛ぶこと。
 
中年のオッサンが、1時間や30分置きに背伸びしたりストレッチ。
健康増進にも貢献できるかも。
健康に成ると、更にアレルギー反応も大きくなります。
不健康の方が良いのが、花粉症時期です。
 
寒さに負け、花粉症に負ける。
そして加齢にも抗えず、世間からも疎まれる。
それが中高年のオッサンでしょう。
大変な荒波に泳いで生き残る。
人生サバイバルは続きます。
 




 
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思い留まらせる者は? [コラム・ぼやき]


 
自分が行動をし難い感覚になるのは、面倒だからだと思っていました。
愚図愚図男だなと自覚していたのです。
  
ところが今日になって、原因は別にあると気が付いたのです。
段取り全てを整えても、行動に移せません。
準備を整えたのは自分です。
最後の最後で動けない。
 
これは一体どうした事か?
 
今までメンタルヘルスの勉強したり、自己啓発に努めて来ました。
もうこれで行動派になれると期待を膨らませたのです。
ところがどっこい、そうはいかせねー。
 
心の奥から言葉のようなモノを感じ取ったのです。
何か別の原因が、正体を明かさないで存在していたみたい。
今までズット誤認していた、自分の心でした。
 
真犯人は別に居る!
 
何だか二時間サスペンスみたいな展開ですが、それが今日の発見。
面倒臭いのは、手下や他の犯行グループです。
真相をしるモノは、心の奥で見つからない様に隠れていた。
何と狡賢いのでしょう。
 
自分とは思えない賢さを持ち合わせていたのです。
 
心の世界は無限の広さがあるそうです。
理念の世界だから、距離が無いのです。
距離が無ければ無限ですからね。
 
今年は抑制者の真犯人を見つけ、自分を解放してやりたい。
行動派のスパースターを目指しましょう。
 



 

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逃げるが勝ちで行きます [コラム・ぼやき]


 
懸念があるなら逃げる、近づかない。
不安があるなら行かない、行方を眩ます。
考えがまとまらないなら発言しない、待っている。
 
こんな風に行動して、強がらない威張らない事ですね。
 
攻撃に勝る守備はありませんが、付け入る隙も作ります。
人間は人との間が社会の基本です。
手の届かない位置や、見えない距離、便りが届かない場所。
こんな距離感が必要です。
 
そして噂が立たない時間経過や、記憶から外れる日数も不可欠です。
目立たない姿形や行動や製品も、注目を集めない技です。
 
でも創作活動していれば、何処かで目に入るのです。
それまでに防備も構築しておいて、何時かに備えるべき。
そう思うのです。
 
それと逃走経路と隠れ家も必要でしょう。
目星位は立てて、計画案を作って置く。
それも成功への秘訣ですね。
成功の必須だけなら、足元が危険です。
 
基礎が有ってこその建屋です。
成功は基礎の上に立つ成果でもあるのです。
立派な建物でなくとも、雨露を凌げれば良い。
風雪に耐えて残れば好ましいのです。
見てくれよりも実用が、厄災から遠ざける方が重要です。
 
でも怯えて生きて居たくありません。
逃げるが一番なら、基礎も建屋も捨てて逃避行するだけ。
計画通りに道行きを進んで、生き永らえるべきです。
 




 
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残り物に福はあるか? [コラム・ぼやき]


 
節分が過ぎると、店先に炒り大豆が陳列されます。
調理用の炒り大豆ですと、関係無く棚に置かれています。
お多福や、鬼の絵柄が印刷された品が、処分品です。
この差は一体何でしょうか。
 
そう思いながら、激安の炒り大豆を購入する私です。
高タンパク低脂肪で低糖の食品です。
おやつ代わりに、お茶飲みながらポリポリ頂きます。
場合によっては食事代わりに使えます。
 
南北アメリカの、ネイティブ食料は豆類ですからね。
昔のモロコシや大豆、小豆を使った煮込み料理は多いです。
アフリカ・中東だと、主はヒヨコマメでしょうか。
 
日本も豆類を食べたのでしょうが、近大は穀物が主流ですね。
小麦・大麦系にイネ科の食料が、主食になりました。
糖質と蛋白質に、ビタミンが豊富です。
 
でも近年は、精製してしまうからビタミンは何処へやら?
この数年、ダイエットの敵だと嫌われる始末です。
悪いのは近代料理手法なのですから。
 
日本では一時期、雑穀も流行しました。
最近はシリアルに大量投与されています。
加工食品になっているので、こちらもビタミンが破壊されています。
どうしても食べ味が重要で、栄養素と構成は無視されます。
致し方ないですね。
 
炒り大豆をポリポリしながら、上記の内容を独り考えました。
余計な事ですが、中高年は時おり健康志向になります。
健康診断書を見て反省し、糖質控えて中性脂肪を低減したい。
でも食事が美味しくないし、満足感も無くなって元に戻る。
戻らないのは腹回りのサイズです。
 
来年の健康診断で、痩せましょうを言われて心に強い重圧。
それも時間と供に失せて、元の木阿弥です。
 
腹の膨らみは、福であるのか無いのか考えたのです。
もう何十年も考えているのですね。
 




 

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無為ムイ無意むい夢意 [コラム・ぼやき]


 
今日は人生を無駄に流し過ごてしまった。
そう思えるくらい、静かに過ごしていたのです。
何もしていませんが、何もしない事が重要なのです。
 
何かしていないと気が落ち着かない人がいます。
とても日本人的ですが、これは切迫神経症のようなもの。
何かしなくちゃと思うとすれば、統合失調傾向です。
自分が何者かわからなくなったら、境界性の疑い。
 
もちろん、発育途中でじっとして居られないのは仕方ないです。
単なる幼稚ですから、発育が成されるのを待つしかない。
 
何もしないでジッとして居られること。
これが大人であり、成熟した人間の証拠らしいです。
先天的な精神薄弱傾向や、自閉傾向等は別ですけれど。
 
脳が何かの弾みに、何かをしようと衝動に駆られます。
これが普通の人間なら、直ぐに落ち着こうとします。
こうした交互の脳内活動を、上手に鎮めるのが成熟らしいです。
脳科学の本に書いてありました。
 
人間の意識は、常に脳の後付けをするらしいです。
これを意識と呼んで、脳の機能から来る現象らしい。
自我はその虚像だそうです。
 
つまり自分とか私とか、個性や性格は後付けされただけ。
何だか寂しいですね。
自分そのものは架空の存在で、脳の癖でしかないのです。
 
そう学んでから、何もしないのも良いと思えるようになりました。
今まで何かしらしないと気が済まなかった。
それが強い趣味から来る行動でしたから。
 
自分が無い存在だと知ってから、無為に過ごせるようになりました。
西洋人のようなバカンス、楽隠居の意味を知ったのです。
こうした行為は知足につながり、小欲知足に向けて行ける?
そんな気がしています。
 
あくせくしなくていい。
余裕が無くても余裕気分に浸れる。
貧乏暇無しから、貧乏暇だらけへの進化です。
 




 

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雪だらけになって [コラム・ぼやき]


 
まさかの前回並み降雪に見舞われた、自宅周囲の地区。
見た目の積りは2/3くらいでしたが、雨量は同じくらい。
もしくは1月22日よりも、多かったです。
 
それは昨日の昼から雪が降ったからでしょう。
そして気温も高目でありました。
降った予期は融けて、地面を覆っていたのです。
 
その水分は、地面に吸い込まれるよりも、降った雪を好みました。
夕方にはグチャグチャ雪に変化したのです。
天空の雪を仲間にして、シャーベットに変身です。
灰色した雪の出来上がり。
 
夜間に気温が下がってから、地面を白くしたのは21時頃。
この頃は油断していました。
積雪が1㎝くらいでしたから。
 
12時位に5㎝の雪を見て、胸を撫で下ろしたのは間違いでした。
天気予報の積雪は、10~15㎝でしたから。
朝6時頃に外を見て、牡丹雪の光景に寒気が走りました。
2014年の大雪の光景と同じです。
 
足元の雪は20㎝くらいありました。
もう駄目だと諦めたのです。
このまま大雪になるから、出掛ける事は諦めました。
 
テレビのニュースで、東京新宿辺りの積雪無しを見て茫然です。
自宅周辺が雪国に自己認定されてしまった。
 
例年の平均的な降雪は2回で、5㎝未満が慣例でした。
降らない時もあったのです。
東京や名古屋の雪風景をニュースで見て、海の方が雪国だと思っていました。
それが2011年の大震災以降、様子が変わってしまいました。
雪が降れば積もる様になったのです。
 
今回も除雪をすることに。
小雪に成った9時過ぎから、休みなく12時までです。
雪が止んだのは12時過ぎでした。
薄雲の向こうに太陽が見えても、雪が止まなかったのです。
 
すっかり全身筋肉痛です。
昼食を食べて暫らくしたら、猛烈な疲れで倒れる始末。
起き上がれなくて、そのまま2時間くらい寝ていました。
 
昼食から体内へ糖質が補給され、筋肉が糖を奪い合ったのでしょう。
通常意外の臓器が糖分を失って、軽い失神状態に至った。
そんな感じでしょうか。
普段の10倍くらい、筋肉を一気に使い込んだのですからね。
全身乳酸で一杯になっているのでしょう。
 
明日から暫らくは、筋肉痛が継続するでしょうね。
 





 


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可能性は可能性だけ [コラム・ぼやき]


 
可能性を肯定的に捉えるのは、プラス思考の弊害。
そう思い当りました。
可能性は可能性で、言い換えれば予測不能です。
プラスでもマイナスでもありません。
単なるリスクですね。
 
以前に社会経済学のテレビ番組を見て知りました。
リスクとは予測不能を表す用語だとか。
予測可能なマイナスは。リスクでは無いそうです。
想定内なら対策を立て、その時を待って居れば良い。
 
上記の話を聞いて、成る程ねと思ったのです。
 
だから予測不能だと、プラスでもリスクです。
余剰の利益を得ると、税金対策や盗難の問題を考えなくてはイケナイ。
予測の範疇や、想定内の出来事に収まる様にする。
それが実務らしいですね。
 
ですから可能性、可能性と言うのは愚かな事です。
何かの出来事が起きたら、素早くリスク回避や対応処置をする。
ですから宝くじとか買ってはイケナイ。
当選してもしなくてもリスクなのです。
 
余計な収入は、人生や生活を不安定にします。
予想外の出費も、生活を脅かします。
ローンとか、飛込みの営業に反応してはイケナイのです。
全て考察・分析の上で、冷静な判断を求めるべきです。
浮かれて浮ついてはイケナイ。
 
そう気が付いた、小春日和の今日でした。
バーゲンに手を出してはイケマセンよ、主婦・主夫の皆さん。
 




 

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点々点か~ [コラム・ぼやき]



新年からの自分の気持ちを現わすと、テンテンテンです。
文字形式だと……とか―――ですね。
松本清張の小説のタイトルではありませんよ。
ちなみにテンテンテンを、……リーダーと呼ぶそうです。
棒の方は、ダッシュと呼ぶみたい。
ちなみに長さの指定は、出版社の慣例に拠るそうです。
マメ知識でした。

印刷用語なのか、正式な呼び名なのか知りません。
小説執筆で知った用語です。
使い方は、作家にお任せですね。
 
少女漫画だと、吹き出しに点と棒ばかり。
だったのは過去の事です。
最近の少女漫画に、点や棒の雨は降りません。
 
映像脚本だと、滅多に使わないのが点と棒です。
自分の様な新人の習作に、点と棒が多発していれば出が分る。
文系上がりだと直ぐに判断できますね。

脚本には、役者の行動を書き現わすのがト書きです。
心は映像に写せないからですね。
心理描写は行動で示します。

心情が映像に写ると評論家が言いますが、比喩ですから。
どんな気持ちで反応するかは、役者や演出の仕事です。
点や棒を書いたら、監督やプロデューサに怒られます。

これは何だと聞かれて、三点リーダとかダッシュと答えたら落語です。
まあ責任者が、そんな作家の脚本を採用したりしませんが。
 
とは言え、書けない時の作家は点と棒です。
あるいはアイウエオと書くのが精一杯せしょう。
私の今が、その時ですから。
 
は~、とため息一つです。
 



 

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