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水彩色鉛筆が [コラム・ぼやき]


 
中高年から指先を使う事に意識を向けると、呆け防止になるそうです。
それで絵手紙が高齢者に人気なんだとか。
 
自分もお試しに、百円均一で色鉛筆を購入してみました。
 
何かイマイチな感触です。
やはり一本百円の国産色鉛筆と、十二色で百八円では勝負になりません。
美術系の水彩色鉛筆だと、一本二百円以上します。

だからこそ先行投資は、御手慰みの品なのです。
先行投資で快感を得れば、本格導入するのです。
本気が出ないのだから、お試しせずの選択もありますね。

使って思うのは発色や色の冴え、指先の感覚等が違うこと。
感触に雲泥の差があります。
机の肥やしの大昔の色鉛筆と比べても、色合いが全く違っていました。
こうした汎用品は御手慰みでしかないみたい。
作りも粗雑で、芯の中心がブレています。

本当に『安かろう悪かろう』ですね。

一部の筆記用具はコストダウンして売られています。
国産だって企業努力がなされています。
同じ努力にも多くの手法があるのですね。
安かろう悪かろうに、安くてもソコソコの使い切り等です。
 
御手慰みは今回これだけに留めておきましょう。
次にやる気が出たら良い品を買います。
公房は筆を選ばなくても、凡人は良く考えて選んだ方が良い。
先にも反省していました。
今回もそのように思うのでした。
 
こうした経験は、無駄になりません。
こうして『ブログ・ネタ』になりましたから。
 




 

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何でもない事だよ [コラム・ぼやき]



久し振りの会話を楽しんだら、心が少し軽く感じました。
何かしらの得体の知らない何か掬っていたみたい。。
毒や棘、蟠りや拘り、埃や塵等か、妖怪変化の類でしょうか?
つまり要らない物が放出されたみたいに感じました。
 
言霊と言う言葉がありますね。
言葉は呪だそうです。
呪とは口で効力を発揮する念です。
願いや感謝、祝い、呪いも同列に扱います。
気持が乗る音の事を指すようです。
 
なので個人を特定する名詞、つまり名前も呪だとか。
名は体を現すと言います。
名前は名付け親の願い祈りです。
そこに呪があり、他人が名を口にすれば呪が掛けられる。
だから忌み名や、通り名、あだ名を付けて呪除けをする。
そういった意味で、本名以外の名付け風習があるのだそうです。
 
自分は短いながらも演劇で役名を貰いました。
そして自分でも、ネット用にハンドルネームを付けました。
創作様には多くのペンネームを使って来たのです。
名前に願いを掛けて見たかったからです。

沢山の名前持ちなのです。

名を読んで呼ばれて、読んで読まれる。
口から気持ちを伝え、指先から気持ちを書込む。
多くの呪を世の中に放って来ました。
これからも、そうするのです。
 
その度に気持ち良くなったり、害したりもするのです。
これは言葉の自家中毒ですね。
 
己が言葉に願いを込めて、未来を引き寄せる。
強い呪が、必要な気がしているのでした。
 





 
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冬将軍が来たか! [コラム・ぼやき]



昼前から日が陰って、冷たい北風がソヨソヨと吹きました。
それが夕方間には、凍える冷たさと強さを持ったのです。
これは山越の冬将軍が来た証です。

冷たい北風は、雪女伝説を思い出します。
資料で古典伝承や、自然界の神々を調べていました。
草子と呼ばれる物語は、戒めとして作られた話だとあります。

なるほど、昔は家業伝承の時代で個人経営と、集団作業が伝統です。
近代になって個人主義とか、個人思想の発見が成されました。
村で一緒に作業した時代は、個性があっても個人は無かったのです。

どうしても歴代の現代人は、自分の価値観で過去や未来を判断します。
教育とは洗脳や起きての様な物です。
今のイジメは、幼児教育で『みんな仲良く』から来る宗教です。
異教徒を排除するのは、人間の文化的な習慣です。
幼児から青年期は、個→集団→個性への大変革期です。
価値観が二転どころか三転するのです。
歪みが出ても不思議はありません。

昔は個人が無かったから、日清日露戦争で強かったのです。
西洋には個人がありますから、負けそうになると敗走する兵士です。
勝てそうだと略奪を始めます。
これが個人の発露です。

山や川、海で生きる民には、戒めが必要です。
理由が分らないけれども、こんな時はこうなると言った経験がある。
それを守らないと、場合によって村が全滅してしまう。
それが戒めや風習、慣わしに成ったと学者は言います。

山の神様は女性だとされていました。
だから女が山に入ると、山の神が怒ると言われていたみたい。
だから雪女なのでしょう。
山の戒めを教えるのに、怖い女の人が必要だった。
それが雪女の伝承らしいです。

明治維新以降、日本の各地の逸話が集められて童話になった。
著者の小泉八雲の生誕地は、妖精伝説の多い英国のスコットランド国みたい。
西洋風に話を再構築すると、雪女の物語になったらしいです。
伝統的な逸話が口伝で生きていた地域です。
現代のハロウィンも、そんな風習のひとつらしい。
日本の御盆や御彼岸みたいなモノらしいです。

北風が吹くと、雪女の物語を思い浮かべます。
そしてテレビではシベリア寒気の高気圧を、冬将軍と呼んでいます。
こちらの馴染みも頭に浮かぶのです。
まるで二刀流ですね。
 




 

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何がしたいのやら? [コラム・ぼやき]



自作に取り組んでいる時に時々思うのです。
何しているのだろうかと。

自分の行動に疑問を持ってはなりません。
自己否認すると辛さしか残らないのです。
自己承認要求と呼ばれる現象は、真っ先に自己肯定から始まります。
自分嫌いや、自己否定は地獄に落ちたも同然です。

ですから自分の努力を否定始めたら、最初にするのは未来を想う事。
心理学の自己肯定技法に、未来の自分が成功者となった時を想像する行為があります。
その望ましい未来の自分と対話して、成功過程を問うのです。
 
大丈夫か? 危険人物ではないか?
他人が見たらそう思うでしょう。
静かな個室で、誰も座っていない椅子に向けて語り掛けるのです。
どうやって成功したの?
どんな困難を克服したの?
周囲の反応は?
一番の問題点は何だったのか?
たくさん質問してみましょう。

これが精神の病気の時は、統合失調気味になるので駄目です。
あくまでも健康体で、イジイジしている時に限ります。
上手く行けば、未来の自分が本当に訪ねて来る。
そうなるとSFです。

SFでは未来や過去の自分と出会うと、宇宙が消失する決まり。
『何とかの猫』理論の発展型だと思われるルールですね。
SF空想世界には、創作のルールがあるのです。
普通のエンタメ小説であると、規制は無いですね。

そしてでも心理学に、面倒な前提はありません。
未来の自分と語って構いません。
椅子に自分の姿が見えたなら、持って来いの効果です。
間違っても失敗して落胆する未来の自分を召喚してはイケマセン。
創作物語だと、面白ドタバタ物語やギャク風に作れるかも?

未来の事はわからない。
だから希望を持って努力すればいいのでしょう。
結果を疑っては辛いだけです。
望ましい未来を想像して、うっとりしたい。
そう思うのでした。
 




 


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筆記用具 [コラム・ぼやき]



手に馴染む物は、指先が正解を教えてくれます。
だから目で眺めても答えは出ません。
 
また大正解は使い込まないとワカラナイのです。
公房のも筆の誤りの公房だって、筆を選んだそうです。
来望は筆を選ばずとは、選ばなくても上手なだけです。
きっと書いていて気持ち良くなかったと思うのです。

ついでに硯や墨、紙も好みがあったと思うのです。
私のような素人だって、道具のお気に入りが生じます。
最初は分らなくても、使い込むと理解する訳です。
 
手作業がデジタルデバイス化しても同じです。
何処の企業であるか、どの製品であるかが問われるのです。
その組み合わせでの相性もあると思います。

さらに使い込んで馴染を生じるのと、劣化の進行もあります。
道具は常に変化して行きます。
人間も慣れると癖が生じます。
相性も常に変化し続けるのです。

デジタルIT製品も変化し続けます。
同じ工業製品も、型枠や材料で製品のばらつきが生じます。
規格品が社内規定を満足しても、微妙な差が生じ続けます。
定期交換部品や消耗品も、調達先で大きな違いを生じるのです。

全てが諸行無常なのです。
 
そんなわけで、新製品を求めて更なる好相性を探し続けます。
道具を使う時間が長くなる程、究極を求めて止みません。
それが人間の本質だと思うのです。
 



 


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週末にサスペンス祭りとなるのは [コラム・ぼやき]



映像作品の勉強の為にと、テレビ鑑賞が再開して半年。
すっかり身に付いてしまった習慣となる。
幼少から見に付いた癖が戻ってしまったようなもの。
 
丁度、テレビの発展期に物心付いてしまった世代です
歌番組や漫画や特撮を堪能して育ったと、言い切れます。
テレビを見ると馬鹿になると言われたものです。

同じように、漫画を見ると馬鹿になると言われました。
小説は学校の授業で、国語の本だけで充分です。
それよりも模型や工作の方が嬉しかった覚えがあります。
 
本を読み始めたのは社会人間際です。
学生時代は趣味の雑誌ばかり見ていたのです。
あの頃は、サスペンスよりも、ホームドラマが主流です。
高卒で働くようになって、直ぐに2時間サスペンスが始まりました。

連ドラでもなく、2時間で見終える映画式のドラマ。
創世記の苦労は、BSの再放送を見ると実感します。
当時のテレビ関係者の試行錯誤や、苦悩が見て取れます。
映画と違う層に向けて作られた二時間ドラマです。
 
出来の悪い物語の代名詞ですが、見直すと真逆なんだと理解します。
当時のカメラ技術や、協賛企業の縛りに、役者の演技等苦労が一杯。
足りない脚本家や役者の穴埋めに、舞台人や映画の大部屋俳優の選定。
撮影の苦労は、ロケに如術に現れています。

もちろん、時代性で今では出来ない演出も可能になった点もあります。
こうした映像作品は、タイムカプセルですね。
ベテラン俳優の演技も、かつてはこの程度とか理解してしまう。

それに画像演出や、現代脚本の洗練さが分ります。
これは積み上げて来た実績から得られた、創意工夫です。
それを貰って教えられ、今の私達が苦労せずに技術を学べるのだと分る。
出来の悪い作品だと思うのは、素人目線だと理解するのでした。

そう思える自分の今が、多くの人達の苦労の上に出来上がっています。
汎用性を高める為に、失った技もたくさん見て取れます。
週末の再放送サスペンスが面白くて仕方ないのです。

つまり今なら失われた技を改変して、取り入れられるか?
新しいカメラや照明、編集を使って何が可能なのか?
想像力が膨らみます。

そして漫画もそうですね。
大昔の作品を読むと、今の作家技術や技能の冴えがわかります。
もちろん失われた技も散見されます。
どうして使わないかも見て判るのですね。

更に小説も同様です。
40年くらい前の作品は、古典と違って残りません。
絶版となって廃棄される人気作家の本です。
読み返すと驚きの連続です。
今使ってはならない技や表現が満載です。
驚きしかないのです。
こうした本は、図書館に残るだけ。
書店では新作と古典だけしか買えないのです。
勿体ないと思うのでした。

勉強するために少し昔の作品に触れる。
これは得難い経験だとわかります。
週末のサスペンス再放送祭りが待ち遠しいのです。
小説や漫画も読み返したいですね。
 
 




 

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品薄感があると [コラム・ぼやき]



冬場のバーゲンセールではありません。
市場経済下の、食品価値に対する戯言話しです。
 
今年のところ、大型魚は不漁続きです。
マグロや鮭が獲れないみたい。
それで価格が高騰しています。
 
スーパーの価格を気にして見たらビックリ。
鮭の切り身ひと切れが、サンマ一匹より高額。
ニシン一匹と同価格です。
グラム単位で判断すれば、牛のサーロイン並でしょう。
たまげたものだと、店先で立ちすくんだ訳です。

これでは鮭弁とかは、全てトラウトに入れ替わるでしょう。
そのニジマス系の魚も、吊られて高騰しているでしょうね。

ニュースだとサンマが高額だと騒いでいたのは、9月辺りからでした。
代わりにイワシやアジが大量で、価格低迷気味だったみたい。
マグロ君が黒潮に乗って、太平洋で迷子になり、イワシの命が助かった?
そんな想像を巡らせるのです。
だとすれば、マグロやカツオは痩せ細っているかも?

単純な空想ですが、興味の谷間が埋まれば良いのです。
それが作家の業みたいなモノです。
話に、もっともらしい筋が見えれば良いわけです。
現実的に正しくなくていい。
逆に現実が追い付いてしまうと、予言や予知になります。
作家として危険な出会いとなってしまいます。

世間から妙に目を付けられると、逆に迷惑です。
芸能人やお笑いタレント、モデルも同じでしょう。
時の人になると、弊害の方が大きくなりがちです。
 
市場経済での商品価値も同じです。
皆に飛び付かれると、品薄で価格上昇してしまう。
増産する設備投資は、商品の安定感があってこそ成されます。
大波は迷惑なだけ。

今回のシャケの切り身がそうです。
ニュースで話題になると、品薄感が急激に高まるのです。
人気は安定して程々が望ましいのですから。
 




 

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食っちゃ寝してましたが [コラム・ぼやき]



平和な日本の休日とは、こうしたものだと思う訳でした。
午前中はスーパーに出掛けて買い物。
午後はテレビでスポーツ観戦です。
これよりほかに無いほど、時間潰しが出来て心落ち着く。
 
買物は自分にとって当事者です。
これは重要な生活習慣ですね。
 
スポーツは、押しの競技や選手が居ても居なくても変わりません。
単なる傍観者で、自分の生活には何ら支障無い出来事です。
誰が何してどうなっても、被害利得の差もありません。
大変なのは選手やチームや、営利団体だけです。
 
テレビ見て、気持ちが乗らなければ切り替えればいい。
経過や結果がどうなっても、時間潰し効果以上の作用もありません。
嬉しい気持ちも、悔しい気持ちも生じない。
 
若い頃や、押しの競技参加者だった時と違います。
他人事を、自分の事に変換する必要もありません。
何事であっても、傍観者で当事者ではないのです。
心が乱れるような、視点転換は邪魔なだけ。
四苦八苦以外の苦しみを求める必要がありません。
 
用事をする時刻になったら、画面を消して必要な方に集中。
気持は自分の周囲だけに限定するだけです。
こうしてブログを書くのも、自分流の解放手段です。
 
こうして日曜日を過ごして、月曜の平日に備える。
それが正しい行為ですね。
創作活動の準備もしましょう。
それが自分の未来で希望ですから。
 




 


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機械は微調整 [コラム・ぼやき]



家庭用のOA機器も、事務用OAも同様です。
機械物は微調整をしたり、機械の癖を知るべきです。
そうでないと、希望の通りの結果を得られません。
 
機械は動物でも人間でもないから、意思の疎通ができません。
調子合わせは使う人間の責任です。
設計思想に応じて作られた機械を、選んで手元に置く。
選んだ機械の特性を把握して、望む結果になるようにする。
 
それには利用した結果から、使い方を学んで行く必要があります。
機械もソフトも、そうした取り組み方が欠かせません。
全自動は、目的が狭い範囲で決められた機械以外だけです。
汎用性が高いほど、使い方ひとつで別の結果に流れてしまうのです。
 
特に仕様周期が広いほど、使い方のコツを忘れてしまいます。
大切なコツを、忘れていることさえ忘れているのです。
経験が無駄に消えた瞬間を知ります。
 
用も無いのに、無駄なようなマメに使って記憶する。
これはエコな行為ではありませんが、必要悪です。
面倒だと思ってはイケナイのですね。
 



 

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負ける前に逃げる [コラム・ぼやき]



野生動物は、負ける前に逃げます。
負ける=死を意味しているからでしょう。
人間の現代社会では、負けても次がある。
 
でも負け慣れていると、結果が見えるものです。
やってみないと分らない事も多々あります。
挑戦はして見ても、大怪我する前に逃げ遂せることが肝要でしょう。
 
人生を半世紀以上生きれば、既に下り坂です。
何をしても、負けたりするでしょう。
殆どの事柄で、負ける訳ですね
 
どうしても世間に儒教的な気構えが蔓延しています。
一番重要なのは、生き残ることです。
武士道精神も結構ですが、これは滅せられる事を美徳化している訳ではありません。
死ぬことを見つける事は生き永らえる術を身に付ける為に、窮地を知ることです。
極限状態に真理が待ってるからでしょう。

お気楽に向こう側へ行くことではありません。
自分は潜在的に知っていたから、無茶無謀無理無駄な事を避けていました。
これを弱虫と呼ばれたものですが、思いの外気楽に生き永らえたものです。
心苦しく辛かったのは、踏み止まった時ですね。
精神的にも辛かった経験が、連続してトラウマになります。

トラウマは負け癖の最たるものです。
しょせん過去記憶ですが、経験は行動に反映されてしまいます。
だからこそ、負ける前に逃げて方策を練るべきでしょう。
負けないための正しい選択です。
罵詈雑言を言って良いのは、勝てずに逃げられた方の勝者だけ。
未勝利への遠吠えですからね。
 
ザマアミロと心で大声張り上げて、元気に逃げましょう。
 




 

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