So-net無料ブログ作成
検索選択
2017年07月| 2017年08月 |- ブログトップ
前の10件 | -

ホラーは半生の反省 [雑多なこと]



夏はホラーやオカルトの季節? です。
でも真冬に味わうと血流が増えて、体が火照ります。
気温の大きな差が、大きな違いを生みますね。
 
このところテレビで恐いドラマ映画を見る機会が増えます。
鳥肌立てて怖がっておる次第です。

でも先ほど、気持ちの大転換が起きました。
先月に読んだ本の内容を思い出したのです。

幽霊が恐いのは3人称の相手だからです。
犯罪者や外国人、異邦人、所在無い人も同じです。
深夜の暗がりを歩く疲れたサラリーマンも怖いです。
同様に魂の抜けたようなOLだって怖いです。
全部、見知らぬ誰かだから。
己に関わりが無いからと遠ざけたいと思うでしょう。
生きているか、そうでないかは、余り関係ないのですね。

近しい懐かし人ならどうなのか?
可哀そうで哀れな人だと知っていたらどうか?
例え幽霊でも恐くないでしょう。

もちろん、殺されるような恨みを買っているのなら別です。
生き死にに関わりなく、迫り来れば怖いでしょう。
仕返しされると思うのですから。

そんなことで、見知らぬ第三者は怖い。
恨まれた知り合いは怖い。
そうしたものです。

自分の活き方を振り返ると、怖い存在になるか、怖がる当事者になるのか。
顧みて考えたいものです。
仏様なら幽霊だって怖がらない。
自分に罪があるなら、仏様は怖いのです。
原因は全て自分にある。

我が身を振り返り理解する事実。


でも、やっぱり、ホラー作品は怖いですね。
これも事実です。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

練りに練り [道すがら]



物語の創作モードに入ると、常に何か考えています。
頭の中が静かになることはありません。
物語妄想を繰り返し、脳内で役者が演技して見せてくれます。
それを演技指導と試作を繰り返して、流れを決めるのです。
気に入れば採用し、今一つならもう一度。

場面の事は上記の通りです。
ですが物語の結末が重要です。
仮の終幕を考え決めて、目的地が定まります。
これでテーマが決まります。
テーマに沿った人物の行動が決まるのです。

このときに主人公が誰なのか決め起きます。
ドラマ優先でなく、人物の性格が重要です。
最終地に向けて動かなければ、役替え。
もしくは性格替えです。
平成時代の主人公は女性が良いです。
特に結婚適齢期の女性が好ましいです。

でも時代劇は別ですね。
ファンタジーやホラーなら男女同権採用。
現代劇なら女性優位です。
アクション物なら、内容に依ります。

昔なら何でも少年・青年の活劇が期待できました。
でも世の中が平和になると、男性は活躍できません。
せいぜいヤンキー作や暴力作品でしょう。
それ以外に活躍の場所が見当たりません。
 
現代のドラマ消費者は女性と老人子供です。
一般男性は消費者になりません。
マンガやアニメなら青年層が客です。
映画やドラマは女性目線が重要になる。
経済や生活が客層の必然を生み出します。
時代に逆らえないのが商業作品。

文学作品を書いても読者や視聴者がいないらしい。
現実的にそうなります。
引きこもりやニートくらいでしょう。
女性は無職でも家事手伝いですが、男は無職になります。
社会的扱いは男女同権ではないのです。

毎日パソコンの前や便所、風呂が創作の練り場所です。
良いアイデアは静かな個室で生まれます。
考えを練り上げるのは孤独です。
これが仕事や勉強との違いですね。

創作は無から有を生み出します。
脚色や潤色は有から実を生じます。
似ていますが別の行為です。
英語だとクリエイティブの一言になるのですが、違う作業だと思っています。
 
だから日本は人口の割に作家が多いみたい。
都市の規模が小さくて、田舎が多く、ド田舎が少ないのです。
それが特徴だと思っています。
 



 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

捕らぬ狸の? [雑多なこと]



狸を捕まえて皮が売れるのか?
はなはだ疑問です。
猫の皮なら三味線になりますが、狸は?
それに狸は臭くて食えぬそうです。
食べたことありませんが、定説だそうです。
 
さて狸の皮算用です。
いったい幾らの価値があったのやら。
手間賃だけ損をしていたのかも?
それとも害獣として駆除して、農民から報償金が出たのでしょうか?
調べればわかることですが、面倒なのでしません。
 
そんな狸の皮ですが、捕る捕らないだけの価値があった。
だからこそ諺になったのでしょう。
古の風習を空想するのは楽しいものです。
普通の人は想像さえしないでしょう。
でも創作者は、つまらぬ事にも気持ちが引っかかるのです。

最近、自宅周辺の道路でも狸が曳かれて死んでいました。
子供の頃には一度も見掛けなかった狸です。
ときおり、猪が出て新聞沙汰にもなります。
里山の管理が行き届かないのと、山間部に人が進出して境界が無くなったのですね。
それと公共工事が廃れて久しく、山に静寂が戻ったのでしょう。
野生動物の世代交代は早いので、人を恐れなくなった。
そんな想像をします。

実際に都内でも狸や狢が出没します。
テレビで特集していました。
野生動物の都市共存が進んでいるみたいです。
明治神宮や新宿御苑に猪が出る日も近いでしょう。
都内の大きな公園に、危険な鰐亀が出たりします。
自然の神秘は、極めて危険だと都会人は認識しません。
ユルキャラくらいの認識でしょう。

昭和時代に整備した河川や道路は補修限界に来ています。
地方の土建屋も廃業に追い込まれているのです。
もはや補修も叶わないでしょう。
公共事業が無駄なら、自然災害は教授するリスクです。
黙って泣き寝入りするしかありません。
リスクの少ない地域に逃げて住むだけです。
もしくは災害に応じた家作りや、地域作りをする。
一次避難、二次避難を軽くする暮らし。
これが新しい認識です。

都会のマンションなんて、災害時には何の備えにも成りません。
新時代は田舎に住んで、テレワークですから。
災害に強い重機類と四輪駆動車に簡易船が必需です。
自宅は三階建で、一階はRC構造が定番となるでしょう。
 




 

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

腑抜けた日 [雑多なこと]



今年出しているコンペの落選が相次いでいます。
昨年も、一昨年も、その前も連戦連敗でした。
「負けが込む」状態のまま、一向に目の出る気配がありません。

毎回「今度こそ」と思っても、数か月後に「またか」と思うのです。
気持ちを高ぶらせて挑んで、気分は失墜するだけです。
せめて予選くらい通ってよと思うのでした。
明りが見えない墜落状態なのです。
 
毎年書く毎に、実力が付いた実感があります。
旧作を読み返して、駄目な点が読み取れるからですね。
前の問題点理解できなくなったら、進歩が停滞した証拠です。
でも徐々に分析でき難くなりつつあるのでした。
 
進歩が停滞したら挑戦を止めるべきですね。
もう伸び代がまったく無いと理解できるからです。
基本的に、技術は進展と停滞の階段型の上昇です。

でも見る目は加速度的に上昇して行くそうです。
物の好き嫌いは修正不可能です。
けれど要作愚作の区別は付くモノだそうです。

この良否と好き嫌いの感情を理解せず、混同が起きてしまう。
これは自己を知る術を持たない、幼稚性の現れです。
常に冷静に物事を判断する目を養うこと。
ですが自己判断できないのが、幼児性の特徴でしょう。

こうした、手技と見識目の成長違いに苦しめられます。
とても恐い、自己否定感の発生です。
ヤル気、元気、行動の抑制をしてしまうのです。

自分を信じて、上手くなっていると言い聞かせて慰めるしかない。
でも過剰な肯定感が生じても困ります。
否定感が増してもイケマセン。
自分の立ち位置や実力を常に客観視する対策はありません。
進んで馬鹿になって、成功を信じるしかないでしょう。

これが出来たら良いのですが、落選通知が否定感を強めてしまうのです。
数日は腑抜けに成って、心をユックリと癒すしかありません。
「ドンマイ」なんて、少年漫画の気分で気楽に言えません。
苦しんでも元気だとしたら、単なる馬鹿な男です。
ファンタジーを現実の支えにすることは不可能です。

鬱屈して、彷徨い、惑い、悩む。
これが創作のネタで原点でもあります。
これが悩ましい事実です。

ついマイナスイメージを起爆剤に作品を書いてしまう。
けれど暗く沈んだ作品は、平和でバブル時代でないと喜ばれません。
格差社会で格差が開く今は、エンタメか唯一の救いです。
現実で傷付いた心の傷に、塩や辛子を塗り込みたい人はいません。
陰惨で根暗な作品にならぬよう、注意が必要なのです。
 
でもこの苦しみは何かに表現したい。
それこそが作家性だと思っていますから。
作家は書いてこそ、自分を癒す道具になりえます。
読者の事は二の次にしたい気分になります。
 




 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

雨の寝てよう日 [コラム・ぼやき]



すっかりと雨が日常そのものになりました。
毎日降っては、時々止むのをくり返しています。
すでに戻り梅雨の感覚でなく雨期の様相ですね。
 
こんな日は気分も蝸牛です。
ノタノタと這いずり回ってウロつきたい。

人間には自然界の葉に相当するような広い場所はありません。
部屋でゴロゴロしてノタノタするだけです。
刺激が無くてそのまま寝落ちしてしまいます。
 
気が付くとテレビは点いたまま、体は痛い。
床や畳に直寝しているから、血行不良や関節に無理が祟っていたのですね。
身体の痛みに堪えながら、グズグズと起き上がるのです。
しかも若い頃みたいに一気に起き上がれない。
血圧低下と血流急上昇で頭がクラクラしちゃう。
時間を掛けて、ユックリと起き上がってから立ち上がるのです。

そして心拍数の確認をしながら、ゆっくりとストレッチです。
血液が全身に綺麗に回るのを確認しながら運動量を増やします。
寝惚けた頭が徐々に元気付いて意識が明確になって行くのです。
これで貧血の心配が無いと思えたら、ノロノロと歩いてみます。

やっぱり蝸牛の歩みです。
壊れ始めた中年の悲しみでしょうか?
悲しい気分にはなりませんが、身動きは良くないです。
このまま蝸牛の覚悟が必要なのだと理解するだけですね。
 
これでも休日は楽しいものです。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

腐って臭って [コラム・ぼやき]



奇妙奇天烈な天気が続く八月です。
今日までに晴れた日が二日しかありません。
気象庁の天気と、自分の記録日記に差があります。
主観記録として正しいと考えて書き残しています。
 
それなりに気温だけは高いので、腐乱が進みます。
刈取った雑草も庭木の隅で腐って堆肥になろうとしていました。
買い置きのキャベツやジャガイモ、ニンジン等も腐っています。
人知れず、密かに腐るのが今年の特徴のようです。
 
例年だと腐った品が自己主張します。
腐敗臭を撒き散らして、危険な菌を飛散させるのです。
ですが今年はコソコソ腐るので、寄らないとワカラナイです。

豪快に体液を滴らせて、腐敗を隠しております。
早期に探し出し撃退しないと、被害甚大なのです。

腐った食料を見ながら、後悔の歌が脳内に響きます。
昔はやった流行歌の替え歌です。
書き示すと問題が出る世の中です。
心の中で腐り歌を独り唱えて、著作権法に自己対処します。
面倒な世の中だなと思う毎日です。

腐った食材を見て、動揺に困った夏だと落胆するのです。
 
これまでも、これからも、歌を歌って後悔することにします。
腐敗の季節は後二ヵ月くらいでしょうか?
 
食中毒に注意です。
死んでしまっては元も子もありませんから。
サルモネラ菌に大腸菌、ノロウィルスとコレラにペスト。
ホント恐いですからね。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

信じる力の先には? [TV番組・映画]



休暇が長いと身辺整理の時期だと感じるモノです。

そこで片付けなんぞすれば、綺麗になるのです。
ですが別の整理が始まります。
それが自分流です。

ブログで毎回のように創作活動について述べております。
だから一気に脚本書いたり小説を書き上げたりすればよいのです。
継続こそが上達への道筋です。

そう思っても、楽な方向に進んでしまいがち。
今日はビデオ鑑賞の続編日となりました。
本日のお題は佐藤琢磨選手。
日本人初のインディー500優勝者ですね。
NHKドキュメントを録画していたので、見たのです。
通常版と保存版があったのですが、長い方の保存版です。

このブログを更新したら、ル・マン24時間の特集も確認します。
なので海外自動車レース特集ですね。
自分の昔の趣味は、モータースポーツですから。
昔の名残が、気持ちを刺激するのです。

世界三大レースで優勝するなんて、物凄いことです。
ゴルフならマスターズか全英でしょう。
テニスならグランドスラムに相当します。
世界王者に相当すると思います。

インタビューの中で夢を叶えるためには、挑戦しないとチャンスは来ないと言ってます。
毎回の特集で必ず佐藤選手が言う人生訓らしいです。
そのためにレース選手たちの中には、クレイジーと呼ぶ人が多いです。
昔に片山右京選手はカミカゼと呼ばれていました。
佐藤選手はそれ以上なようです。
単発でなくて絶えず挑戦を止めない姿勢。
いつでも崖っぷち人生なようです。
そして努力と工夫を決して怠らない。

自己啓発の本とか読むと必ず書いてありますネ。
成功者は必ず行動してみる人間だと。
夢を信じて疑わない人だと。
駄目なら即止めて、次の手を考える人間だと。

失敗を恐れずに成功を信じて、正しい道筋を一直線に進む。
反省はしても後悔はしない。
そして努力を努力と思わないのでしょう。
苦労は大事な投資だと考えているのでしょう。

自分はどうしても努力のための努力に成りがちです。
諦めるのは遅いし、工夫も足りません。
考えの転換も後に成りがちで、後ろ髪引かれたまま決心が緩め。
これでは成功者になれません。
成功できると信じて疑わない事に集中できていません。
心の隅や奥底で自分を卑下している心を払拭できていません。

これでは「信じる物は救われる」作用が働かないです。
「神は己を助ける者を助けて下さる」効果が発揮されません。
マイナス思考で、成功者の未来を疑っているのです。
 
ビデオを見ながら反省したものです。
信じる自分を信じる。
心の考え方の大転換しなくては!
 
 




 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

予想外を狙い [本・執筆]



今日も撮り貯めた番組をビデオ鑑賞です。
先週末に録画した、ホラーと関連番組の特集です。
 
このところホラーやオカルトに興味を増しています。
やはり根源的な人間の恐怖は、興味尽きない対象です。
 
人は判断不能になると笑うそうです。
だから判断力が少なく、経験不足の子供お笑い番組が大好き。
判断の遅くなる女性も、お笑いが大好きです。
 
微妙に違うのが恐怖ですね。
理解不能に一番の恐怖を感じるのだとか。
そして身動き不能に至ります。
動物は思考よりも行動優先なので、理解と判断の区別なし。
逃げることに一直線になります。
 
恐怖は判断を鈍らせて逃げ遅れる元です。
危険回避不能に至るのは知的生物だけだとか。
逃げ間違いが少なくても、逃げ遅れが多くなるのですね。

野生動物に襲われても、食われるのは一人で間に合うのですね。
それが野生のルールです。
虫や爬虫類に襲われた場合は当てはまらない例ですけれど。
だから逃げ間違いを減らす方が、子供の生き残り確率が増えます。
高等動物は出産回転率が遅く、出産個体も少ないからですね。

そんな本能や社会性だからこそ、未知に慄くのでしょう。
そして想定外に出会うとパニックで固まり、無思考になってしまう。
それが恐怖の本質らしいです。
ですからホラーやオカルトが怖くなるみたいです。
けれど理由や原因が知りたくて見てしまう。
大脳皮質の興味本位機能が知的好奇心を刺激するのですね。
 
未知であるほど興味が尽きません。
そこに点け込んで予想外を演出するのです。
書いていて楽しいのです。
やり過ぎると想定内に収まってしまいます。
刺激が多過ぎると、慣れてしまいます。
周期が早過ぎても遅過ぎてもダレてしまうのです。

間接的や想像する表現は良いとされます。
直接的で客観的な表現は良くないとされます。
文字の情報は敢えて対象を曖昧に出来ます。
映像や絵にはできない芸当です。

逆に映像や絵は、闇に紛れたり、音だけで表現可能です。
文字では闇に紛れ込ませる表現はできません。
小説と脚本・原作の違いはそこにあります。
注意が必要ですね。
 
撮り貯めた作品はあるから、明日もジックリ見て確認したいです。
大事な先人の知恵を堪能して吸収したいと考えます。
自分の技に仕立て、表現力を上げたいですね。
 



 

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

大魔神が登場して想う [TV番組・映画]



自分が幼い頃に見て、強烈に記憶されている作品です。
それが「大魔神」という映画です。
日本の映画作品がカラーになって、しばらくしての品ですね。
映画界の隆盛に関して興味がある人は、調べてみると面白いかも?
時代がちょうど、NHK朝ドラ「ひよっこ」の頃に相当します。
 
特撮と合成で巨大な大魔神を演出しています。
人力と知恵で構成された画面です。
日本映画が力のある時代だから出来たと思えます。
同時期のゴジラやガメラよりも、経費を掛けているのが見て取れるのです。
人気が出たのはゴジラですし、継続性があるのはガメラです。
費用の割に、人気が出ない作品だったのでしょう。
 
ですが自分には一番印象の残る作品です。
それは時代劇で戦国絵巻に准えているからですね。
特撮忍者活劇の正反対の作品です。
物語も大魔神もユックリと動く必然性が見えています。

大きくて重いのですからユックリ動く。
けれど大きいから移動距離は見た目の数倍早い。
重いから木製の日本建築は粉々に砕かれるのです。

子供の頃に見て、動きが散漫だと落胆したものです。
ですが物凄く印象に残るのは、大魔神が魔人で神様だからです。
荒ぶる神は人知を超えた破壊力ですが、人を確実に見ています。
ゴジラやガメラは獣で、足元なんて気にしていないのです。

そして特撮もとことんリアルに拘っています。
屋敷のセットもハリボテではありません。
とても高価な材料と、匠の技で作られています。
砦は間違いなく再現された土塁と家屋だと、今になって理解できます。
そうした細部が最新式のデジタル放送で再認識できました。
録画して今日見て、驚いたのです。

それに脚本構成もエンタメとして素晴らしい構成です。
当時の日本剣劇よりも、ハリウッド形式を大いに取り込んでます。
起承転結でなくて3幕構成に近いです。
じゃっかん主人公が曖昧なのが、子供や大人にウケなかったところでしょう。
迷いがあったのだと思います。

もしかすると黒沢映画の「7人の侍」を意識して群像劇にしたかった?
そんな気がしています。
ちなみに自分は黒沢映画が好きではありません。
好き嫌いの感情で判断しています。

昭和40年前後の日本映画を見直して見るべきだ。
そう思いました。
当時の展開は15分で大転換していますね。
時計を見て確認した流れです。
現代だと10分で大転換して流れて行きます。
その辺りは、時代性を感じます。

一作品が80分なのも素晴らしいですね。
一気に駆け抜けて行くので、怠い場面を作らなくて良いのです。
でも民放で再放映すると尺が足りません。
90分が理想的です。
先日に見直した映画「リング」は90分でしたからね。
 
ヒット作品を見直して、勉強の材料にしたいものです。
自作に展開を取り入れて、栄養にしたい。
きっと自力が付いて、良作を書けるかも?
 



 
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

腹に据えかねる [コラム・ぼやき]



タイトルの文言に人手間加えてみるとします。
「かねる」の文字に変換を加えると意味が変わります。
兼ねる、金る、鉦る。
漢字遊びで造語したり、意訳的なフリガナを付けてみる。
漫画やライトノベルやライト文芸でお馴染みの手法です。
日本語の面白さでもあります。

でも国語の先生や、文学専門家に謗られるでしょう。

でも日常会話の中では、単語の意味が展開します。
親しき仲に、造語や意訳、反転、転換が起きます。
女子中高生の常用後も時代に流行が起きます。
短縮文字や略語ですね。
近年は携帯電話からスマートホンの影響もあります。
言葉より顔文字やスタンプ文字、アニメ文字で意志疎通するわけです。
もう言葉は音声でなくて、テキストやドローイングの世界に埋没して行きます。


自分の利用しているブログも道具として形骸化しました。
ソーシャル=不特定大衆から、特定の誰かへのつながりで、来訪者が激減しています。
仕組みとしてソーシャルでも、草だらけの公園や廃屋社務所と同じです。
あるだけで、誰も使わない公共施設です。

人と人が近しい場所で、新型の村社会化しています。
東北の大震災から急激に密集個別化が進行しています。
価値観が狭くなるばかりで、心が小人になるばかり。
特に世代間交流の場所で感じてしまうのです。
捨てられた子猫の段ボール箱のようですから。

その反動なのか、社会人になると意味不明な団体活動を始めます。
急に社会のためにとか言い出したりします。
最初にするべきは、頭の蠅を追い払うことでしょう。
そう思っても口にできないのです。
言えば傷ついて引きこもるだけです。

海外ボランティアしたいとか言い出す人がいます。
自分の視野と、自分の認識限界が一致していません。
見えていると理解可能だと勘違いしています。
無駄にソーシャル機能が発達しているだけに、勘違いの幅が地球規模です。

日本だけでなく、世界中で同時多発的に勘違いする。
特に親の収入が多い子息子女に勘違いが強いです。
変な刷り込みや、リベラルな親の毒を吸ってオカシくなっています。
諭すとグレるから、見て見ぬフリをすることに決めました。
痛い目見た方が勉強になります。
命を落としたりしても、他人様と思えば心は痛みません。
そうした断捨離理念、仏教的な思想を学んで身に付けました。
キリスト教的な考え方は、自分を他人の苦しみに巻き込んで、余計な苦しみに落とし込むだけです。

地獄に仏の考え方は、自己研鑽に良い効果があります。
その仏は他人にお任せして置けば良いのです。
西洋的な何時でも何処でも現れるヒーロー、ヒロインは無用の長物なのです。
そんな御都合主義は、エンタメ作品で使うだけです。
現実の世界に期待してはイケマセン。

仏様は道の端で、苦しみを抱えた人が来るまで黙って佇んでいる。
それが地蔵菩薩や道祖神ですからね。
思想信条は限定的でも、大いなる慈悲は地球規模で覆われています。
あとは当人が気が付くのを待つだけ。

あとで気が向いたら、悪事と善意を人知れず行うのが良いでしょう。
「情けは人のため成らず」です。
この成るを為すにすると意味合いが変化します。
タイトル後の書き出しと一緒です。
耳で聞き取るのと、目で読みとる違いに、意味の違い。
行動が大変な遠回りをするのですからね。

聞いても読んでも勘違い。
いちいち腹を立てたり、怒ったり、悔やんだりしても仕方ない。
過去は過ぎてしまい、未来はやってきません。
現在が命のある限り連続するだけです。
間違いは間違いでそのまま放置です。
 




 


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | -
2017年07月|2017年08月 |- ブログトップ
メッセージを送る