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覚悟を試す時 [コラム・ぼやき]



自己判断の基準は不安解消です。
不安があるなら何とか解決したい。
もしくは不安にならぬような対策です。
 
でもどうにもならないと判断したら放置します。
無駄な努力はしたくない。
思いの外、努力のための努力になってしまうのです。
無駄や無用を無意味に作り出しても仕方ありません。

ところが時おりですが、基本理念を試されてしまいます。
逃げたい理由を探しているだけではないか?
出来るのに取り組んでいないのではないのか?
誰かの為になるのが嫌なのでないか?
成功体験しか受け付けないつもりか?
失敗して笑われるのが恐いだけではないのか?

自分に富を積むことだけに固執していないか?
誰かの為に働いてやれ。
困った人を助けてやれ。
思えはもっと困っても何とかなるだろう?
人を助けないと自分も助けて貰えないぞ。
お前の努力は神様と己が見届けているだろう。
天に対して富を積んでも良いのではないか?

声ならぬ声が聞こえて来るのです。
テレパシーが届いているのかも知れません。
天使や妖精が影から見守って観察している視線を感じます。
心の中から自分が見ているのを実感できるのです。

経験的に今できない事は次もできません。
今やっておかないと締め切り前に取組めません。
困難は後になるほど困難になるのです。
取り組みは早いほど簡単に終るモノです。

覚悟の度合いを時事現象が答えを求めて来ます。
有名な精神科医の言葉があります。
現実に意味があるのではなく、現実が意味を問っているのです。

常に現実が課題を振ってきます。
現実世界という重い棍棒です。
振り始めは速度も遅く取り組みやすい。
振り止まりの少し前が最大速度です。
振り止める前は不安定で定まりません。
これを運命の振子というのでしょう。
次に押し戻して来て気を抜くと背中からなぎ倒されるでしょう。

人生の山場に向かう前に覚悟を試されるのです。
思惑通りに計画が進まない時は覚悟を試されています。
覚悟を決めると決断方向に流れやすいのです。
逆らう方には流れにくいのです。
試された時は岐路に立っている証拠です。
自分は何処に進むのか聞かれていると思うのです。
 



 
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