So-net無料ブログ作成
前の5件 | -

テレビで玉遊びを見ながら [コラム・ぼやき]


 
元気のあるうちに、外で精一杯遊びましょう。
これは中高年の口癖ですが、真理であります。
元気が無くなったり、身体の不調が起きるとどうにもならないものです。
走って駆けて、飛んで跳ぶなんてことは、元気のある若い時にしかできません。
 
自分も小学校性の時代はインドア派でしたが、自然と体の要求が起きてアウトドア派になりました。
これが自然の息吹というモノかと、今になって思うのです。
今では体の自由も宣言されて、歩き回るのも億劫です。
身体の節々は壊れて痛みを発し、筋力も衰えて、心臓も弱って持久力も無い。
心身代謝も低迷して、肥満や進んで消化不良に至り、怪我の回復力も無くなりました。
 
何かあると満身創痍の寝た切りになりかねません。
今現在も高血圧に苦しんで、年明けから通院しております。
ようやく花粉症の症状も和らいで、ほっと胸を撫で下ろしている最中です。
 
当人の体調と関係無く、春は運動の季節でスポーツ趣味に精を出す人も大量に出ました。
テレビ中継も、新聞雑誌もスポーツが華盛りです。
 
今日は午前中に買物に出かけて、午後はスポーツ観戦三昧。
実際には昨日、昨晩とスポーツ中継を見る時間が増えました。
 
若い頃は可能性が有った分だけ、テレビで中継するようなスポーツをしませんでした。
野球やゴルフの事ですね。
今もって人気のスポーツです。
バブル時代から比べれば、大いに傾いていますが充分にプロが生活できる競技ですね。
趣味の多様化が起きましたが、今でも王道でしょう。
 
こんな玉遊びがお金になるなんて、考えるほどに不思議です。
でもそれが文明国の常識ですから、考えても答えが出ないし悩むだけ無駄です。
お金が欲しければ、若い人はゴルファーを目指す方が良いでしょう。
野球やサッカー、バスケ、バレー、テニス、ラグビーは、才能が無いと手を付けられません。
アマでも大変な競技です。
 
ゴルフなら、お金を払えば超お手軽です。
才能がありそうなら、一気に上手く成るでしょう。
アマからプロへの道も近そうです。
 
でも歩行が困難になると出来そうにありません。
一日で数万歩を歩かないといけない。
壊れかけた体には、一番遠い競技な気がします。
 
元気な女性や、たくましそうなオッサンを画面で見ては、失った若さと健康を嘆くのです。
それが週末の楽しみになりました。
 
もう芸術活動辞めて、体を治してゴルフでもするかな~。
 




 

nice!(0)  コメント(0) 

ダメージの襲来に [道すがら]


 
地震雷火事親父。
災いは突然にやって来る。
このように言われ続け、伝承されている割に備えが成っていない。
そもそも、備えようもありません。
 
突然にくるから災害ですよね。
火事は、自宅内であれば注意で防げそうな気もします。
地震は最初から対策出来ないので、逃げるか最小限の被害になるように工夫します。
親爺は突然に現れて苦言を呈して、何時の間にか何処かに消えて舞い戻るものです。
 
しかも男性は独身でも、結婚をしていようが、オヤジはオヤジであります。
ミイラ取りがミイラになるように、男は生き永らえて必ずオッサンになるのです。
自分もオッサンの年齢に到達して、間もなく老人の境地にいたるのです。
自災、他災の区別なく、万遍のない災害の火元と受災を循環します。
最悪ですね。
 
女房のいない人は妻災害はありませんが、何処かで大年増に遭遇して女親爺災害に遭うのです。
何処かのエリート省庁みたいに、ハニートラップに引っ掛かる者も出るのです。
これは己の立場を考えない、勘違いによる自然災害みたいなモノでしょう。
 
大昔から『知足』と言われる真理があります。
四文字熟語なら『小欲知足』です。
これが災害にも役立つ格言です。
『命あってのものだね』に通じるでしょう。
 
財産に欲目を持たずに、逃げる事を最優先にするのです。
かの大災害でも、早く遠くに非難したほど生き延びられたのです。
捨てる時は『思いやり』『愛』『懸念』も捨てて、逃げるを優先する。
それには『欲を捨てて、何が足りているのか』見極めることですね。
 
災害に対応するのは、それだけしか術がないと思います。
 
ああ、酷い目に遭った一日だった。
 



 

nice!(0)  コメント(0) 

草刈りの準備? [コラム・ぼやき]


 
春は芽吹きの季節と、風流を楽しんでいられるのは十日程です。
自然は圧倒的な生命活動を開始する時期でもあります。
 
自宅の枯れた庭先が、あっと言う間に緑に色づいて、今は深緑の中。
ボヤボヤしてるんじゃね~!
そんな感じです。
 
季節は冬から一月も掛からずに夏模様になるのが、最近の温暖化した季節の特徴です。
もう戦いと言っていいのです。
 
もたもたしていると、あらゆる物に草木がまとわりついて、虫が飛び交います。
既に藪蚊や蠅が飛んでいました。
蜂は出遅れてしまい、花が咲いても飛んで来ません。
 
今年は猛烈な蜜不足や、果樹の生育不良になるかも。
田舎の人間には、風情を楽しんでいる余裕が無いのです。
農家は特にそうでしょう。
こんなに初夏が早くては、段取りが間に合わない可能性があります。
 
この週末は、今年最初の雑草刈り込みをする予定です。
今年も草刈りばかりかと思うと、力が萎えます。
それに加齢で力は萎えるし、作業の持続も途切れがち。
疲れは癒えないし、気力も上がりません。
 
昨年は嫌っていた除草剤も使う様になりました。
農家では無いのですから、農薬で無くて除草剤です。
薬にも農地で使うなと書かれています。
ホームセンターで売られている、劇医薬品で無い薬です。
 
効果が発揮されるのに、日数は掛かりますが枯れてくれます。
草を刈りこんだ緑と、枯れた色の対比が悲観的ですが仕方ないですね。
眺めてみると、何だか悲壮感のある色の対比ですが、能力の限界を補助してくれる便利な道具です。
 
自分の目に入り易い場所は鎌で刈り込みますが、家の裏などは薬に頼ります。
草が減ると、虫害も減ります。
藪蚊は対策できませんが、這う虫や腐敗虫には効果が高いです。
 
薬能には数カ月効果があると書かれていますが、実際には半月に一度は必要です。
雑草は種類が豊富ですから、次々と違う品種が生えて育ちますからね。
枯れた草が復活しなくとも、違う草が元気を得るのです。
除草剤を使うと、見た事ない品種が生えて来たりするのです。
とても不思議ですが、これも自然の新陳代謝でしょう。
 
今年も見た事ない草が生えて来て、脳内の規定風景を打破してくれました。
草は適当に伸ばしてから刈り込む事で、規定種を守り新種の発生を抑える効果があるでしょう。
草の世界でも決まり事があって、仁義を守り通している。
そんな気がします。
 
さて熱中症にならぬよう、朝の早起き作業を習慣にしましょうか。
夏場は、早寝早起きと昼寝が定番の生活行動になります。
夜更かしは、春と秋だけの短いお楽しみです。
これにて終了しましょう。
 



 
nice!(1)  コメント(0) 

爪切りにて [雑多なこと]


 
老人は蛋白質の摂取量が少ないそうです。
テレビの健康番組で言ってました。
特定の栄養素ですが、蛋白質だけ栄養失調なんだとか。
 
きっと中高年にも当てはまるのでしょう。
昔みたいに焼肉を食べたいとか思わなくなりました。
それよりも美味しい野菜をたくさん、食べたいと感じるのです。
 
肉食傾向から草食傾向へのシフトです。
 
そういうものだと考えて、食の事なんて些末なことだと置き去りに……。
それよりも注目点は、メタボと中性脂肪に高血圧だろうと。
血液検査に悪玉コレステロールが高いと表示されたら、更に野菜食に傾くというものです。
 
ところが中性脂肪も改善されないし、悪玉コレステロールも下がらない。
肉なんて食べていなくても、一向に下がらない。
だとすれば肉を食べても上がらないと思いますが、蛋白質を食べたら急上昇します。
つまり打つ手無しな訳です。
 
肉食=悪玉コレステロールかと思っていました。
現実的に肉を食べれば上がるのです。
油で揚げた食材を食べれば、油脂でも植物油でも上がる。
絶食しても下がらないのです。
 
そうこうしているうちに、足の爪がひび割れてきました。
髪の毛も一気に細くなってしまう。
代謝で失われるたんぱく質を、補えないのですね。
 
さらに関節痛も発生です。
痛風かと思っても、尿酸値は正常です。
そのうちに歩行困難になる始末。
 
これは危険だとコレステロールに目を瞑って、肉を食べるようにしました。
テレビで見たゼラチンや寒天も食べるようにしたのです。
すると歩行困難だった関節痛は、後期高齢者程度に回復しました。
ひび割れた爪も、気持ち柔らかになって伸びる速度も上がりました。
 
どうにも下がらないコレステロール値は、病院で薬を出して貰ったのです。
食生活で改善不可能であれば、内臓の何処かで代謝不良を起こしているのですからね。
つまり確実な「病気」な訳ですから、投薬で改善するしかない。
 
歩行が困難になると、生きているは張り合いが一切無くなります。
動物は歯を失って、走れなくなれば寿命が尽きた証です。
天敵に捕獲されて餌になるだけです。
 
これが天然由来の「諦めの境地」でしょう。
人生に前向き思考を求めるなんて絵空事ですからね。
後ろ向きで、下を向いて生きるだけ。
 
静かに枯れて消えるのを待つのが余生です。
能の「敦盛」ではありませんが「人生50年」です。
己の内側に答えを求めて、人生のまとめに掛かる時でしょう。
余った分が、余生なのですから。
 
ちょうど文学に行き当たったのは必然であり、福音なのです。
自己の内側を観ながら、作品を残して消え去るのみ。
その余生が何処まで残っているのか、余勢に訪ねるしかありません。
 
食は生きるにある。
そう感じたのが爪の状態です。
今が余生でも、人生百年と言われる昨今では中間報告です。
これから読基の学生陣も、櫛の歯が欠けるように消えて行くのです。
終わりの始まりは既に始まっています。
 
この世に何事も残して来なかった生き方ですが、何かを残して置いて消えたいものです。
これから作り出す作品は、しっかりと生きて形にしたい物となるでしょう。
とても楽しみです。
 



 

nice!(0)  コメント(0) 

もん悶モン [コラム・ぼやき]


 
変なタイトルを付けるのが楽しくなって来たようです。
心が定まらない気分を悶々と書きますが、3連続でモンを変化して並べてみました。
言葉のコラージュで、抽象絵画の雰囲気を弄んでみたのです。
 
でも悶々となりながら、原因を探って対策を考えたりします。
どうしたもんだろう?
 
この「どうしたもんだろう」は、行動を決めかねている悩みです。
悩みの原因を特定せずに、解決策を考えてしまうのですから、解決されない悩みになるのです。
これが循環すると、悶が悶々になって、もん悶モンとなる訳です。
 
こうした悪循環の思考は、春特有のものでしょうね。
秋のもん悶モンは少し違った構造です。
発展途上の悩みと、終息への悩みの違いがあるように思います。
夏や冬はイライラ気分だけなので、心の有り様が違っています。
 
半世紀以上生きて、自分の概ねパターン周期を発見したのです。
季節毎に、色合いの違う悩みを抱えているな~と。
 
放置して置けば良い雰囲気や、少し手当するべき乱れとか、思い出しながら対処放置しています。
美味しいモノを頂いたりや、固い物を噛んでみるとか色々に紛らわしの手法を思い出すのです。
子供の様に癇癪を起こしたりしなくなりました。
自暴自棄に至らぬ技も、時間を掛けて身に付けたのです。
 
こうして、もん悶モンとなったところで、またかと思い素早く行動してみる。
自分でありながら、突き放して観察する自分を取り戻しております。
 
伸びた雑草を鎌で刈取ったりすると、妙に気分が落ち着いたりします。
行動や作業が心に作用する、作業療法の効果があるのですね。
刃物に注意して、自然とまみれ戦い抗うのも、自然界の周期行動です。
野生のスイッチが入って、心乱れる部分と静まる部分がある。
不思議ですね、自分の心や人間の心理は。
 




 

nice!(1)  コメント(0) 
前の5件 | -
メッセージを送る